俺はこのままいくと、樋口君をもっと傷つけてしまう気がした。
相手を傷つけて満たされて、慣れてくれば自己嫌悪の繰り返しだ。

本当はひた隠しにしていた恋情を告げてしまいたかった。
だが、拒絶されることが怖かった。

俺がこのまま何も言わなければ何も変わらない。
しかしそんな我慢は難しいほど俺の気持ちは溢れるばかり広がる。

樋口君を困らせたくないのに、困らせたくなる自分がいた。
 
そしてその気持ちを抑えることが無理になった時、俺は樋口君にこの想いを伝えることにした。
限界だった。

答えなんて、手に取るようにわかるし望みもない。
 
ただ、そうすることで樋口君は俺しか考えられなくなるだろう。
一時でいい、本当に。
告白した一瞬でも、そういう目で考えて欲しかった。
俺は追い詰められていた。

雨の日だった。
じわりとまとわりつく湿気。
放課後呼び出す予定が日直を忘れた樋口君は担任から説教やらなんやらでパシリにされていた。

仕方ない、と先回りして資料室にいることにした。
担任が最後に何を頼むのかはわかっていたしもしも来なかったら、
俺にもう少しだけ友達でいろという啓示だろう。

「高堂・・・?」
啓示はなかった。
不思議そうな顔をしている樋口君をよそに俺はついにこの気持ちを打ち明けることができる解放感に
浸っていた。

「治ってないね。」

頬の傷を指差していじわるく言うと樋口君は話を反らすようにぶっきらぼうに
俺が何故ここにいるのかを不思議がる。

ひとしきりの会話。
告げようか告げまいか迷ううちに、すんなりと自分に正直になった。
俺は樋口君に気持ちを打ち明けた。
ずっと悩んでいたと、君が好きだということ。

結果、すぐに樋口君は眉を下げて申し訳なさそうな顔をした。
わかっていたが辛い結末。
何かの間違いだと言いたいような
樋口君の言葉に喉を切られた気分になる。

友達を続けたいという樋口君。
もう無理なんだよ、と突き放したくなったがふと俺は意地悪を思いついた。

「樋口君とキスしたいって言ったら、怒る?」

ふざけた言葉。
こんなことしなくても答えは決まっていた。
樋口君は、困りながらも丁寧に断ってきっとまた普通の友達に戻りたがるだろう。

戻るつもりはなかったが、何より想像以上に友達として俺を欲している
樋口君の願いぐらいは叶えたいのも本心。
だから諦めるために意地悪をした。

樋口君は、不安そうな顔をする。
「そんなに確かめなければならないことだろうか…。」
「好きかも知れない、なんて不確かだろう?このままいくと俺は友人関係を続けることも困難だよ、四六時中お前のことばかり考えて過ごすだなんて隣にいても気持ち悪いだけだろう?」
そう言ってやれば、樋口君はまた不安そうにした。

「…もし、恋愛感情だったら…変わってしまうのか?この関係は終わりなのか?」
樋口君は、俺が離れていくことに怯えているようだった。
俺を拒絶したいのかしたくないのかわからない人だ。

「大丈夫、樋口君に応えてなんて言わないから。どちらにせよ、俺たちは友達同士で変わることはないよ。」

真剣さを伝えたくて樋口君をじっと見つめた。
変わることのない関係は、俺の地獄は続くということだがあんなに不安がられては俺も強くは言えない。
俺は結局甘くなる。
無意味な約束に内心後悔した。

もうやめよう、そう思って帰ろうと鞄に目をやると樋口君が目の前にいた。

「それで、答えが正確にわかるのなら手助けしてやる。」
予想は的中した。
ただ、深くは考えていないだろう。
「…いいの?」

予想外な台詞、というよりはなんて浅はかな奴なんだと呆れも入っている。

「あぁ。」

樋口君が頷くから顔を引き寄せるように首に手を回した。
上体を折る樋口君、表情はいつもの鈍感な顔。
樋口君と目線があえば一気に体が熱くなった。
「ありがとう。」
これは俺に対する皮肉。
自虐的に笑い、口唇を合わせた。
余韻もなく、すぐに離した。
名残惜しさすら失せるぐらい。

「…今ので、わかったのか?」
「うん、ありがとう。俺の勘違いだったよ。」
心はいつもみたいに抉られた傷を隠すのに必死、それをいつものごとくに笑って隠した。
本当は聞きたかった、樋口君は何とも思わないのかって。
「そうか。じゃあ今まで通りだな。勘違いでよかった。」
ほっとしたような表情で言う。これが予想通りの現実だ。
「手間をとらせてごめんね。付き合ってくれてありがとう。」

「じゃあ、帰るか?」

「あ、ごめん。俺さ、樋口君も待ってたっていうのも本当なんだけど、資料探していたのも本当なんだ。だからもう少しここにいるよ。」

「わかった。じゃあまた明日な?」

「うん、バイバイ。」

そう言った後、手を振った。

告白して、キスをして、なかったことになった。
好きだった気持ちが変わらないから悔しい。

どうしてこんな感情を抱いてしまったのだろう。
指先で口唇に触れる、どんな感触だったかも一瞬だったからもうあまり思いだせない。

また日常がやってくる。
そう思うと、涙が出てきた。
いつのまにかその涙が溢れてきて、俺は泣き崩れていた。
キスをしたからと言って、何かが変わるわけでもなかった。
ただ、また俺が傷ついただけ。
今日だけは悲しみに暮れるのもいいだろう。
明日からまた友達だ。

だが、泣きじゃくる俺に追いうちをかけるようにがらりと、ドアが開いた。

最悪だ。

ファイルを手にしたままの樋口君。
申し訳なさそうな顔が俺の顔を見るなり顔色を変えた。
「…なんでまた入ってくるんだよ…。」
鼻声で、止まらない涙は机を濡らしていた。それしか言えなかった。
俺たちはどれだけタイミングが良くないんだろう。

動揺している樋口君はすぐに近寄ってきた。

「どうしたんだよ!?…お前、やっぱり…。」

今さら、自覚されても遅い。
「叶わないのなら…言っても言わなくても同じだろ…。」
「でも違うって…俺がまだ…好きなのか…?」

樋口君の鈍感なところは嫌いにはなれないが好きにもなれない。

俺は泣き腫らした目で樋口君をにらんで悪態をついた。
「嫌いだよ、お前なんか。本当、大嫌いだ。」

頭は冷静だ。
いっそ壊れてしまいたかった。
樋口君を傷つけて突き放して、少しはこの痛みを知ればいいと思った。

「泣くな…。」
困惑しっぱなしの樋口君を見ながらもう優しい言葉を残すことはできなかった。
珍しく樋口君のほうから俺に触れようと恐々と手を伸ばしてくれた。
けれども、俺はそれを払ってまた睨む。
「お前って、ほんと鈍感。うんざりするよ。」

樋口君を押しのけて出ていった。
あぁ、明日からどうしようか。