あの後も、随分泣いた。
涙って、結構な時間枯れないものだ。
一時的にすっきりはしたような気もしなくはないが
心が晴れることはないようだ。
それから樋口君と会話もあまりすることもなくなった。
というより、俺は何とかして仲直りを持ちかける樋口君を無視した。
無視しながらも、あんな別れ方じゃ後味が悪いと思う一方で自分をコントロール出来る気がしなかった。
結局、未練が残る 。
あんなに必死に、俺に取り繕う樋口君を見るとやっぱり情がわく。
それが友情ならばどんなによかったと思う毎日だ。
あれから涙腺がゆるくなってしまって、寝ようとすると涙が出る。
そろそろ涙も枯れていいはずだが、先に声がダメになった。
風邪のように喉の痛みと倦怠感に襲われながら学校に向かう日々。
昼休みになるとそんな気だるさが顕著になった。
周囲をみやれば、クラスメイトと話す樋口君が目に入った。
なんとなく、嫌な気分になる。
それを横目に俺は保健室に向かった。
逃げることだけが、今の俺に許された平穏だった。
保健室のドアを開ければ先生はいなかったが、扉を開ければ同じ学年の女子が椅子に腰かけていた。
俺を見るなり、少し驚いた顔をしてすぐに笑みを浮かべた。
「高堂くんだー。」
ひらひらと手を振る。知らない顔だったが、知人なのだろうか。一年の時もこの女子がいた記憶はない。
「・・・えっと?」
「私はC組の池宮ツグミね。高堂くんは、人気者だから知ってる。あっ保健室の先生は電話に呼ばれていっちゃった。」
笑顔は作り、愛想良く笑いかける。
「そう。」
「具合悪そうだね。」
池宮さんは、俺の袖口を掴んで椅子へ促した。
「顔色も悪いや。」
長椅子に座らされ、隣に池宮さんが当たり前のように座る。
「池宮さんは元気そうだね。」
「そりゃぁ、高堂くんが元気じゃない姿を直に見られたからね。」
無邪気に笑う池宮さん、冗談なのかわからず眉を潜めた。池宮さんはまた綺麗な笑みを浮かべたまま話を続けた。
「失恋って辛いよねえ。しかも相手が親友だもん。」
「池宮さん・・・?」
空気が変わった。
嫌な予感しかしない。
「見ちゃったの、高堂くんが樋口君に告白してるとこ。でも男が好きなんて意外。気持ち悪い趣味してんね。」
背筋が凍る思いだった。あんな醜態を見られていたというだけでぞくりとした。
「・・・そう。」
「貴方を好きな女子は多いのに、きっと悲しむし気持ち悪いだろうね。」
歌うように、よく通る声が耳に残る。
「だろうね。」
「言われたくないでしょ。」
「脅迫?」
「そう。ばらされたくなかった私の言うこと何でも聞いてよ。あんたはよくても、ばらしたらきっと樋口君まで辛い想いをするだろうねー。」
「何が目的?」
「アハハッ、私ね、高堂くんが大嫌いなの。だから絶対的優位な状況でいじめたかったんだぁ。」
愛想の良さは変わらない。辛辣な言葉は誰か別の人間の口から発せられているのではないかと疑いたくなるほどだ。
「・・・嫌われることをした覚えないけど。」
初対面でここまで嫌われる意味がわからない。
ただし、弱味を握られているのは確かだった。
厄介なことをしてしまったと今さらながら後悔する。
「そうだろうねえ。」
そしてゆっくりと感じの良い声音で続ける。
「高堂くんは樋口君と付き合いたいの?」
唐突な質問に目を丸くした。
「見てたならわかるだろ。」
「失恋しても、まだ好きなの?付き合いたいほどに。」
揶揄するような声音に心底苛立った。俺は立ち上がり帰ろうとドアのぶに手を掛ければ池宮さんは呼び止める。
「ばらしちゃうよ?」
「・・・馬鹿馬鹿しい。勝手にすればいいだろう。」
明日から地獄だとしても、わけもわからない女を恐れて屈服するのは嫌だ。
「そう?なら勝手にするー。」
楽しげな声を耳にしながら俺は保健室を出た。
何故、見ず知らずの人間に嫌われているのか理解が出来なかった。
明日、本当にばらされたら高校やめるかな、なんて気楽に考えていた。
その日の授業を終えた後、俺はC組で唯一知っている人間に声を掛けた。
「篠原。」
「ん?」
見た目は美少女のようだが粗暴で悪い噂が絶えない男。
C組で完全に浮いているが悪い奴ではなかった。
「聞きたいことあるんだけど。」
俺はこういう集団からはぐれた存在に何故だか魅力を感じてしまうらしい。
篠原は俺を友人だと認識してはいなかった。
良くて知人だ。
篠原は、唸ったあと無表情のまま口を開いた。
「何か食いたい。甘いのがいいのぅ。」
俺の死んだ爺さんと同じしゃべり方をする、方言混じりの口調。
「・・・わかったよ。」
俺は、承諾して適当な店に学校帰り連れていった。
「で、なんじゃ。あんたから話掛けられるのって珍しいからなあ。」
注文の品を届いて、機嫌良さげな表情で問いかけられた。
「C組の、池宮さんってどんな子?」
「ほう。」
意外そうな顔がこちらを向いた。
「何。」
「お前は俺と同類と思っていたが、違ったのう。好きなのか?」
「違うよ。・・・というか同類って・・・。」
「好きな奴が男ってこと。ま、俺はもう失恋したがのぅ。」
あっけらかんとした台詞。そんな話をしたこともないのに篠原は断言して話を進めるから驚いた。
「・・・俺もだよ。」
「失恋か?相手がその女か?」
「違うよ。相手は男で、失恋。よく同類なんて断言したね。」
「ふっ、俺は見る目があるからのぅ。失恋は辛いな。俺も、失恋中じゃ。」
「痛々しい2人だ。」
「慰めはまた今度じゃな。で、何でその女を聞くか教えてもらえんか?」
「・・・嫌われてるんだ、すごくね。俺は今日初めて会ったのに。それで、気になった。」
「ほう・・・。池宮かぁ、あいつは何考えてるかよくわからん。男女に人気あるが男嫌いで有名だぞ。女好きにも見えんがのぅ。」
「そっか・・・。」
「樋口だっけ?お前の親友。そいつと同じクラス。そいつとは、仲良いぞ。」
その言葉に俺は頭が真っ白になった。
絶句する俺に篠原は目を細めて口角をあげた。
「なんじゃ、親友が好きなのか。報われない奴め。」
「嫌な予感しかしないな。」
「俺はあんまそいつの情報知らんけど、A組の鈴木とか選抜の柏木とかなら詳しいぞ。」
「面倒な連中だからなあ・・・鈴木一派は・・・。」
派閥があるわけではないが、何かと面倒な連中として一くくりにして呼ばれている集団だ。
柏木は、樋口君と割りと仲良くしていたのを思い出す。
「高堂。」
「ん?」
「親友に告白したのか。」
「後悔してるよ。」
「そうか。まだ好きなのか。」
「池宮さんと同じ台詞だ。」
「不愉快な言い方だな。」
「不愉快な質問への返答だよ。」
「ふむ。では同類に一言。」
咳払いして篠原は俺を見た。
「フラれたんなら新しい相手を探すんじゃのぅ。」
「そんな気分になれないよ。」
「相手が欲しいならなってやるぞ?」
「告白?切り替え早・・・。」
「いんや、同情。慰め役は一人ぐらいいても良いぞ。」
そう言って笑う篠原。
彼なりの慰め方なのだろう。
ありがたく言葉だけを受け取って帰ることにした。
新しい相手ね・・・。
気が重い。
まず、あれから樋口君は俺のことどう思っているのだろう。
聞くのも怖い。
勇気を持って話しかけても結局、何も聞けずじまいだ。
臆病で身勝手な自分が大嫌いだ。
そんな自分を奮い立たせるような事件が起きたのは数日後。
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