無口で暴力的な男を冷めた目で見下ろした。
「悪かったよ・・・。」
ひどく申し訳なさそうな表情で様子を伺う。
俺はお前を心配して言ってやってるのに、機嫌を伺う態度に苦笑した。
「約束したって破るだろう?もういいよ、謝らなくて。」
「今度は逃げるから、・・・出来るだけ。でもなんか絡まれると逃げにくくて・・・。」
頬を腫らして、口の中切れてるし、足だって引きずって来たのに何故痛みを訴える前に
俺の機嫌を伺うんだか。
樋口君もおかしいけれどもそんな姿が可愛いなんて思う自分は異常だ。
樋口君は、断ることが極端に苦手だった。
その上無自覚な潔癖症で触ろうとすれば誰にでも無意識に体一つ分離す。
俺にだって態度は変わらない。
「もう怒ってないよ。樋口君、痛くないの?手当てしなきゃ。」
俺が怒りの矛先はいつだって樋口君ではない。
本当は俺以外の人間と喋るのだって嫌なのに傷つけるなんて言語道断だ。
「いや、まあ少しだけ。でも高堂が俺のせいで不機嫌になってるほうが辛いっていうか・・・
俺の心配してくれんの高堂だけなのに。」
そう言って樋口君は首に手を添えてため息をついたと思えば俺をじっとみる。
それだけで胸が苦しくなる。
「学習しないね、樋口君は。」
平静を装いながら笑う。
近くにいると胸が痛いし頭の中はぐちゃぐちゃだ。
わけのわからない感情はいつまでもおさまらず、このままいくと樋口君との友情は消えると思ったのは
今に始まったことではない。
樋口君と一緒にいたいと思う気持ちがいつのまにか異常な考えを生み出した。
見て見ぬふりをし続けた恋情は育ち続けるようで俺は頭を抱えることが多くなった。
際限なく育つ俺の欲望を断ち切ろうと俺は中学三年の受験時期になると
一緒にいることを諦める進路を決定した。
友達を続けたくて高校は距離を置こうとした。
選択は意味あるものだった。
しかし誰のイタズラか確実に受かるであろう高校に、体調不良で受験できずに落ちたのは予想外。
ついでに樋口君も第一志望に落ちたのも、・・・予想外。
第2志望は樋口君が道に迷うからと一緒に受験させられたところ(本人は覚えていないだろうが)
で必然的に同じ学校。
幸か不幸か、わからない。
一年の頃はクラスも違って落ち着いた毎日を過ごせたが二年で選抜に入れられるという不運。
一年の頃はそんなクラスなかったじゃないかと柄にもなく校長の輝きが成熟された頭に
水を浴びせてやりたかった。
樋口君も一緒だなんて、ついでに神様が存在するなら殴り倒したいところだ。
二年になってから毎日が辛い。
知らずに樋口君を目で追って、話す機会が増えたら毎日のように樋口君は俺の脳内に住み着いた。
また異常な考えが俺を支配しはじめる。
支配されてからはもう息苦しい毎日。
嘘をつき続けて笑って過ごすことを強いられる。
樋口君も高校生になって少しはマシになったのか人付き合いもそれなりにできるようになっていた。
樋口君はいい意味で変わった。
除け者にされていたあの時とは違って楽しそうにしゃべっている姿に安心しながらも嫉妬した。
世界が、他にもあることを樋口君は知ってしまったのだ。
こんな自分が嫌だと思いながらも俺の思考はそう簡単に迷路からは抜け出せないようだ。
「高堂、一緒に帰らないか?実はな・・・」
「ごめんね。今日はちょっと・・・だめなんだ。」
用事がなくても断ることがあった。好きすぎて、いつ本音を言ってしまうかわからないから。
「そうか、残念だ。」
罪悪感が重くのし掛かる。
「ごめんね。」
「気にするな。」
肩を落として歩く樋口君に俺は居たたまれなくなる。
次の日学校に来てみれば顔に傷を作っていた。
俺を見掛けるなり目をそらして居づらそうにするからすぐに何をしたかわかった。
やっぱり、すぐに人というのは変われるわけではない。
怒るつもりはなかったがついついいつもの調子で怒鳴ると樋口君はまた俺の顔色を伺っていた。
「俺は、樋口君が傷つく姿なんて見たくないんだよ。」
ため息が漏れる。
「皆も、そう言うかな。」
その台詞に驚いた。昔と同じ状況に変化が訪れた瞬間を目の当たりにした。
樋口君の世界にはたくさんの人が住み始めたのかもしれない。
昔は俺しか住んでいなかったというのに。
「言わないと、思うよ。」
「・・・そうか。」
意地悪な台詞を口にすれば樋口君はすんなり受け入れた。
寂しそうで、傷ついた表情をしていた。
どうやらまだ俺は樋口君を閉じ込めていたいと思っているようだ。
ごめんね、
心の中で謝罪しながら俺は樋口君にこう続けた。
「樋口君は、すぐに人を殴ろうとするから皆本心では怖がってるよ。
俺だけが、本当の優しい樋口君を見てやれるんだ。」
「そう・・・だよな。」
俺は嘘を吐く。
樋口君はそれを信じる。
それをみて、俺は満たされる。
それが俺の日常だった。
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