高堂は、もう何とも思っていないのだろうか。

 

ツグミのことを聞いたかと思えば一切そんな話をしなくなった。

高堂は相変わらず昔の高堂でいてくれた。

しかし、俺の中ではそれが完璧すぎて恐怖を感じていた。

もしかしたら高堂は俺のことが嫌いで無神経な俺に対して

嫌がらせでもしようとしてるのではないかと思ってしまう。

そんなことをする人間ではないことは十分知っているが、高堂だけ時間が戻ってしまったのだ。

そう見える。

 

だから、無意味だと思いながらもなるべく会わないように距離を置いた。

きっと高堂は気付いているはずだ。

 

 

色々と、高堂から逃げるために早く帰ろうとしたところ柏木に捕まった。

「なあ、高堂の彼女に会ったことある?」

柏木が唐突に聞いてきた。帰りたい、とその一言も言えず首を振った。

「いや。」

恋人については言いたくなさそうだから聞かなかった。

というよりは、あまり聞きたくはなかった。

「俺もー。別に本人が出来たって言った訳じゃなくて

誰かが言って広まった噂だからなあ・・・何か気になる。」

「確かにな。」

「な、樋口くんのが仲良いだろ?聞いてくんない?」

「いやぁ・・・何か高堂も言いたくなさそうだし・・・。」

「そこをなんとか!」

頼み込まれ困惑する俺は承諾も拒否も出来かねていた。

「そんなに気になる?彼女のこと。」

「高堂!」

助け船を出してくれたのは高堂本人。

俺のほうをみて少し笑った気がした。

「実際のところ、恋人かと言われたら少し違うかもな。どちらも告白してないし。

流れでそうなったのかな。」

「学校の人間じゃないのかよ?俺しってるやつ?」

「学校にいるよ。あまり噂になると困るんだ、だから俺はこれ以上何も言わない。」

「ズリー!嘘なら嘘っていってもいいんだぞ?」

「俺はどう取られてもいいよ。まさか広まるなんて思ってなかったし。」

高堂は愛想の良い笑顔を浮かべていた。

「あ、樋口くん。進路指導の先生が資料室に来いって。提出用紙にどんな進路書いたの?」

冗談めいた笑い、柏木もそれにつられて笑っていた。

「覚えてない。」

「早く行きなよ。」

急かされて俺は足早に教室を出た。

 

進路指導の担当が誰かも俺にはわからないがひとまず資料室にいくことにした。

ふと窓を見ればまた雨で、憂鬱な気分だった。

 

 

資料室には誰も居なかった。

呼ばれた、と思ったがまだいないのだろうか。

 

「変だな。」

小首をかしげながら、窓に近寄る。

雨が強く窓にあたる。

 

「あの時」に固執したのは結局のところ俺だった。

 

「バカだな、本当。」

自虐的に笑う。

外を眺めると下校する人たちにの傘が色とりどりで奇麗だった。

 

ぼんやりと眺めていると、扉が開く音が聞こえて振りかえる。

「高堂・・・?」

進路指導の先生だと思いきや高堂だった。

「こうしないと、喋ってくれない気がしたから。」

そう言って扉を閉める。

「何言ってる?」

「避けてるでしょ。」

「そんなこと・・・」

「何故?やっぱり、俺が近くにいたら迷惑?」

「違うっ!」

「なら、何で?言ってくれなきゃわかんないよ。」

高堂はそういって近寄る。

お互い、向かい合ったままで何となく目線を反らす。

「・・・俺は、高堂と一緒に居たい・・・でも、俺はもう前みたいな気持ちになれない。

高堂の気持ちも、何考えて俺といんのかとかなり考えたんだけど・・・わかんないのが怖かった。」

「そう。・・・樋口くん、俺が何考えてるか知りたいの?」

「あぁ。」

「そっか・・・。なら、もうはっきりさせよう。」

高堂はため息まじりに言った。

「はっきり?」

「俺はね、友達に戻っても結局、樋口くんを友達だなんて見られなかった。

でも一緒にいられるならそれでもいいかなって思ったよ。

昔みたいに、昔って言っても結局、樋口くんが好きな俺をひた隠しに付き合えばいい話だからね。」

 

「無理させてたんだな・・・やっぱり。」

 

「樋口くんは、優しいからいっぱい俺のことを考えてくれたね。

すごく嬉しかったよ。でも、一方通行は辛いな。」

「・・・高堂・・・。」

「本当に、俺はね、樋口くんのことが大好きだよ。恋愛感情は変えられない。

でも幸せにもなって欲しいよ。」

高堂は苦しそうな表情で言葉を発していた。

次の言葉は空気に混じって消えてしまった。

沈黙。

深いため息の後、高堂はじっと俺の双眸をとらえる。

「だからさ、もし俺の気持ちに応えられないならこの教室から出ていって。それでさよならだ。」

突き刺さる言葉に顔がひきつった。

「辛いんだ、辛かった、…樋口君の嫌がることはしたくないのに俺が望むのはそればかりなんだから。」

苦笑を浮かべながらも俯くことが多くなる高堂に俺は未だに言葉を紡げなかった。

「ほら、あんまりここにいると俺は勘違いするよ。」

急かすような言葉。俺はまだ動けない。

「出ていかないなら、受け入れてくれたって思うのに。」

しびれを切らしたように、ゆっくりと高堂は俺に歩み寄った。

俺は頭の中はぐちゃぐちゃだったが近づく高堂を退けて立ち去ることはできなかった。

 

鼻先が触れるほどの距離、背の大きさは高堂もそれなりだから壁際に追いやられたように感じる。

「いいの?」

 

吐いた息が顔にかかる。

熱っぽい表情と声音、俺は拒否しなかった。

しかし口唇が触れあう寸前で高堂は体を離した。
キスされるかと思ったのに、そうはならなかった。
高堂の顔が歪む。

 

「高堂・・・?」

「ごめん。」

謝罪の意味はわからなかった。

後ろを向いてゆっくりとドアのほうへ足を進めていく。

「俺はここにいるぞ?」

 

「だから、謝ったじゃないか。」

「何故、・・・高堂が出ていこうとする?」

「俺は、樋口くんならきっと扉を開けることはないって確信していたよ。でも、」

振り返り元気のない笑みを浮かべる。

「でもね、それは樋口くんが優しいからだ。拒否するのが苦手だって、知ってるからつけこんだ。」

「そんなこと・・・。」

「何度言っても喧嘩はするし、頼まれて断ったことなんてまずない。

好きだと言った時も、どちらに転がってもきっと樋口くんは悩むだろうって、

俺のことばかり考えてくれるにちがいないって思ったんだ。」

「間違ってはいない。」

「少しは怒れよ。」

「・・・。」

「ごめんね。」

そういうと高堂はため息をついた。

ドアの方に歩いて行くのは高堂の方で、俺は止めなければと声をあげた。

「俺は優しさや同情だけで残ったんじゃない。ちゃんと向き合いたくて残ったんだ。」

たいして大きな声ではなかったが体が震えるほど体力を使った。

「ねえ樋口くん。」

「何だ?」

「樋口君は、俺のことを好きになる?」

 

その言葉に心臓が揺れた。

「それは・・・。」

「聞かせてよ。」

高堂は落ち着いた様子だった。

俺と言えばその間逆で唇を噛んだ。

 

「多分、まだ高堂のようには好きになってはいない。

ただ、俺は高堂を嫌いになることは出来ない。」

散々悩んで導いた結論は他人任せで情けなさも感じた。

俺は結局、何もわかっていない。

「そう。」

「で、でも…ちゃんとお前の好意にこたえたくてここに残って…。」
いい終える前に、俺はため息をついた。少しの沈黙の後、俺は静かに本音を口にした。
「…どんな形でも、俺は一緒に居たいんだ。」
俯いたまま、俺の声は小さくなる一方で、もしかしたら聞こえなかったかもしれない。
高堂は何も言わなかった。
床が擦れる音とともに、肩に手が触れた。

「残ってくれてありがとう。」

そういって抱きしめられたがすぐに体は離れた。

「帰ろうか。」

「あぁ。」

 

そう言って外を見れば雨はいつのまにか止んでいた。

夢を見ていた気分だ。

 

高堂が俺を好きならば俺もそれに応えたい。

その時は確かに、そう思っていた。

 

不意にさっきの会話が甦る。

 

「どちらに転んでも、きっと樋口君は悩む。」

 

これは俺の三度目の選択。

隣で嬉しそうに笑う高堂を見れば一番の選択に思えた。