高堂は俺が望む行動ばかりしてくれた。
今までだって、高堂はそうだったのかもしれない。
俺が気づかなかっただけ。
日常に溶け込んだ会話に違和感を覚えたのは今に始まったことではない。
――――忘れるんだろう?
脳内で繰り返されるその言葉は俺を苦しめた。
結局、俺は忘れることなんてできない。
高堂だって完璧な人間ではないのだ。
嘘をついていることが痛いほど伝わってきている。
元に戻ることに躍起になっていたが結局のところ俺は何がしたかったのだろう。
形は元に戻ったが、中身がしっくりきていない。
それでもなんとか取り戻そうと必死になる自分に気味の悪さを感じていた。
今日も、そんな日だった。
放課後、宿題がわからずに高堂に聞いていた。
教室には誰もいない。
誰か居てほしかったと内心思いながらも、その感情をなんとか排除するよう努める。
宿題も最後にさしかかろうとしたときだ。
不意に高堂は口を開いた。
「ねえ、まだ池宮さんと付き合ってるの?」
その話題を提示されたのは驚いた。
すっかり関心もなくなっていたし、他の人からもさほど話題にはのぼらなかったからだ。
「まあ、うん。」
俺は曖昧に返した後、能天気に笑った。
実際のところツグミとは、ほとんど会っていなかった。
部活が忙しいということで会えないと言ってもいい。
本来なら目的は達成したから恋人を続ける理由はない。
「・・・そう。」
「どうかしたか?」
「あのさ、池宮さんは樋口君にとって大切な存在?」
言いにくそうに高堂はいう。
何故、そんなことを聞くのか不思議だった。
まだ俺のことが好きならば、あえて聞いてほしくはなかった。
結論を出せない自分を棚に上げてそんなことを思いながらふうと肩を揺らした。
「どんな?・・・理由はわからないな。」
いい答えなんて出てこない。
高堂は俺の言葉に顔をしかめた。
「・・・不満だろうな、こんな答えじゃ。」
「いやっ、そっか。変なこと聞いてごめん。」
また謝る。
笑いながら宿題に目をうつす姿に違和感を覚えた。
「謝るなよ。・・・高堂、何かあるなら言ってくれ。気になるだろ。」
何となく、ツグミの話題を出されて不愉快な気分になって思わず無理に言葉を引き出そうとしていた。
俺の言葉に少しだけ高堂は驚いたように小首を傾げていたが俺を見るなりフっと笑みを作ってから口を開いた。
「・・・俺は、池宮さんと樋口くんがお似合いではないなと思っただけ。」
淡々とした言葉に理解が伴わなかった。
「な、なんだと・・・?」
高堂にしてはらしくないセリフだったので思わず目を見開いた。
「池宮さんは、軽薄だよ。樋口くんにはもっと別な奴が似合う。」
「軽薄?何を言ってるんだ?」
「・・・他の男と仲良くしてるよ、随分とね。」
小さな声で、不満そうに口を閉じる高堂。
眉を下げ、同情めいた視線になんとなく困惑した。
「俺は、確かに不釣り合いだったからな。」
自然とそんな言葉が出る。
「そんなこと、どうしてそんな態度なんだよ!?」
「怒るなよ・・・。」
元より、ツグミがどんな男といても関係のない話だ。
とはいえ、何も知らない高堂に衝撃を与えるようなことをしなくてもと思ったが間が悪かったのだろう。
しかし恋人関係を持続させたがるツグミに疑問を感じ低く唸る。
「付き合い続けるの?」
「うーん・・・あ。」
仮説が一つ見えた。
「俺のほうが浮気相手かもな。」
何となく、そうであればこの名ばかりの恋人同士は意味をなしていく気がする。
「・・・1つ聞いていい?」
俺の閃きに一切どうでもいいと言った冷静な口調に俺は少しだけ寂しさを覚えた。
「何だ?」
「池宮さんのこと、好き?」
俺の双桙を食い入るようにのぞきこむ。
距離はそれなりに、けれども近くに感じて胸騒ぎがした。
うっと言葉に詰まったが一呼吸おいて俺は口を開いた。
「・・・きっと、高堂が考えている好きじゃないな。」
嘘は肝心なときに大体留守だ。
「本当に付き合ってるの。」
「何故、そんなことを聞く?」
「俺は樋口くんには幸せになって欲しいからだよ。池宮さんとはうまくいってないんだろ。」
見透かされていると思った。
全ては、高堂と仲直りしたかったための付き合いでまたいさかいが起ころうとしているとは、本末転倒だ。
「・・・高堂、そんなお前が心配することじゃ・・・。」
「心配、するよ?だって友達が他に男がいるような女と一緒にいるなんて俺は我慢ならない。優しいからね、樋口くんは。」
剣幕でいえば俺が喧嘩に巻き込まれたときのそれと似ている。
俺を心配するのが好きなのか、俺の態度が高堂を心配させてばかりなのか、いつだってこんな感じだ。
何もかも同じ、時間が戻った気分だ。
それなのに望んだ俺の気持ちが晴れないとはどういうことだろう。
「我慢、してくれないか?」
「樋口くん?」
「もとはといえばだな・・・あぁ、本当に一番愚かなのは俺なんだ。」
本音をいいかけた時、タイミング悪く声を掛けられた。
「樋口くん、何してるの?あ、高堂くんも一緒だ。」
「ツグミ・・・。」
横目で高堂をみると不機嫌そうに眉を顰めていた。
「高堂くん、先生がよんでたよ。」
ツグミはにっこり笑うが高堂の表情は曇っていた。
その後、俺らの担任が顔だし高堂を連れ出してしまった。
残されたのは俺とツグミ。
回りには誰もいなかった。部活中ということもありツグミはラフな格好だ。
「高堂くんは先生からも信頼されてるねー。」
「ツグミ。どういうつもりだ?」
「何が?」
「タイミング良すぎだろ。」
「だって樋口くんがほんとのこと言いそうだったから。」
悪びれなく言うツグミは、相変わらずだ。
「そりゃな。ツグミ、好きな奴いるんだろ?何故、この関係をやめないんだ?」
「高堂くんが何か言った?」
「浮気していると、…別れていればそんなこと言われることもなかったじゃないか。」
「浮気ねえ。」
ツグミは腕を組んで笑った。
「違うのか?」
「いいや、そうね、そんな感じ。」
「ツグミ。」
「何?」
「俺はツグミの浮気相手か?さっき思い付いた仮説なんだが、それなら筋が通る。」
「まあ、あんたには関係ないかなあ。ね、高堂くんは凄く心配してたね。イライラしてた。」
俺の質問ははぐらかし楽しそうに喋る。
「あいつは、いつだって俺を心配してる。」
「ふうん。ねぇ、思ったんだけどさ樋口くん。」
「何だ?」
「好きだと告白されて、また友達に戻って、その態度が一切変わらないって変だと思わないの?」
「どういうことだ?」
「時間は戻らないよ。何だか、2人揃って昔を大事にし過ぎてるみたい。」
「それは、俺が望んだからだ。」
「何故?」
「俺があの時を忘れて、いつもの高堂で居て欲しいといったから・・・。」
責められているわけでもないのに涙腺が緩んだ。
「でも、時間は戻らない。わかってる、ずっと2人でいるときも気になって仕方がない。」
「やっぱり傷つくね、樋口くんは。」
「俺より高堂のほうが傷ついているだろ。」
「じゃあ何で一緒にいるの?」
「・・・それは・・・。」
一緒にいる意味なんて、見いだせなかった。
いつのまにか一緒にいると心が苦しくなって仕方がない。
嘘をつきながら一緒にいる罪悪感からかもしれない。
行動すればするほど、高堂の心中が読みにくくなる。
「黙らないでよ。」
「俺も少しおかしくなってしまったのかもしれない。」
「そうなの?」
「俺のほうが、高堂の見る目を変えてしまった。」
何で俺はこんなことに胸が潰される想いでいなければならないのだろう。
「本当に、世話が焼ける。」
そういうとツグミは俺を軽く抱き締めた。
「お姫様、私のハグは高いからね。」
ツグミはそう言って微笑んだ気がした。