「ツグミ、ついに高堂と仲直りできた。」

「仲直り?」

「そうだ。昨日会って、やっぱり高堂は約束を破る男じゃなかったということだ。」

「よかったね。」

ツグミはそっけない返事だった。

「あぁ。だからツグミ、もう恋人役は必要ない。」

「まあ後半、何もしなかったしね。あ、でもさ別れたってまだ言わないで貰える?」

「何故だ?俺を振ったことにすればいい。無理して付き合っていたとか、適当なことを・・・。」

「別れたって言われると厄介なの。」

「何故だ?」

そう言えば、ツグミは呆れたようにため息をついた。

「あんたは、高堂くんの恋情を諦めさせるっていうのが狙いで私を恋人にしたんでしょ?」

事実確認のように、ツグミは言う。

「そうだ。」

「なら、仲が戻ってすぐ別れたら・・・私ならその気になるかもね。」

「高堂はそんなこと・・・」

「あるわけない?あるわけないことが起こってこうなってんだよ?

私は、あんたをこれ以上傷つけたくないの。」

ぴしゃりと言われて俺は黙った。

傷つく、と言われたが理解に困る言葉だった。

 

「変なことを言うな。」

「変じゃないよ。」

「ツグミは、どうしてそこまで・・・ツグミには関係ないどころか巻き込んで申し訳ないとも思っているんだ。」

そう言えば、ツグミは感心したような、感嘆の声をあげた。そして微笑する。

「お姫様には幸せになって欲しいでしょ?」

クスクスと、からかうように髪を撫でられた。

それがやけに恥ずかしくなって思わずその手をどけた。

「こんなでかい男捕まえて・・・。」

「姫よ、守られてるのにわざと傷つく道を選ぶ悲劇のヒロイン。嫌いなのよね、殴りたくなるわ。」

「殴るか?」

「マゾは勘弁。とにかく、意味がわかってから別れましょ。

元々私たちに恋情はないんだからいつだって別れられる。」

さっぱりとした意見に俺は苦笑した。

「友達同士じゃキスはしない。」

 

「じゃぁ特別な友人ってことで。キス初めて?」

「・・・いや。」

最初は、よく考えたら高堂だから否定したがあれはカウントしてよかったのだろうか。

「なら思い出にもならないね。」

「・・・いや、俺はツグミを信じているから。ツグミは意味があることしかしないだろう?」

「やっぱり、変なのは樋口くんだよ。」

ツグミはそう言うとひらひらと手を振って足早に俺の前からいなくなった。

 

ツグミが何を考えているのかわからない。

ただ何となく、嫌な予感がした。

 

 

放課後、高堂は昔のように俺に話しかけた。

こんな日常がもう何年もこなかったみたいな気分で、明らかに高揚していた。

 

「仲直りしたんだな、おまえら。」

柏木が帰り際に俺の肩を叩いて微笑んだ。

「別に喧嘩なんかは・・・」言葉に困って曖昧に笑うと、高堂が助け船をくれた。

「そうそう。樋口くんに彼女できたから、距離を置いてあげただけだよ。」

「なるほどな!いいなー、俺も彼女欲しい〜。」

「まあそのうちできるって。」

「無責任!」

 

高堂は楽しげに笑いながら俺の腕を引いて教室を出た。

 

「適当に言えば良いのに。本当に樋口くんは真面目だね。」

 

「そんなことないが・・・。高堂、予定は?」

「ないよ。あ、ただ前に樋口くんが薦めてくれた本が出てたからそれ買うかなって。」

「薦めた?」

「結構前、新鋭作家なんだけど樋口くんの趣味がマイナーどころ過ぎて

図書室にも本屋にもないんだよ。覚えてない?」

「あぁ!」

頭から名前がはねた。

そう言えば熱心に薦めた本があった。

あのときは、何度も読みたくて貸すのを躊躇っていたのだ。

今は落ち着いた。

 

「それなら買う必要ない。」

「え?」

「その本貸すから、俺の家に来てくれ。」

その提案に高堂は驚いたような顔をした。

「いいの?」

「もうかなり読んだからな。薦めておいて貸さないのもケチな話だ。」

「じゃぁ貸してもらうかな。」

「あぁ。じゃぁ行くか。」

高堂は愛想のいい顔で俺の跡をついてきたが何となく高堂は遠慮がちにも見えた。

 

家は美容室と繋がっているので客のいない仕事場から出てきて騒がしい母親と父親が揃って高堂を歓迎した。

 

2人とも高堂が大好きだった。

久しぶりだの夕飯食べていけだの、何故この騒がしい2人から俺が生まれたのかたまに不思議になる。

 

「行こう、高堂。」

「うん。お邪魔します。」

階段をあがれば、見慣れた部屋。

多分、高堂が前に来た時から何も変わっていないだろう。

 

物欲が乏しいのか、物がないので汚くしようがない。

「高堂。好きに寛いでくれ。何か飲み物を・・・。」

「いいよ。学校で買ったのあるし。」

「そうか、でも何か・・・」

「いらないよ。」

高堂に拒まれ俺はふうと肩を落とした。

そして本棚から本を取り出した。

 

「これだろ。」

「そうそう。樋口くんかなり絶賛してたからね。期待するよ?」

「高堂の好みだと思うから。」

「読んだら返すよ。」

「うん。」

高堂は大事そうに鞄に本をしまったので俺は笑った。

「そんな、もう大分経っているからそんなに大切にしなくても。ボロボロだから新しくしようかとも・・・。」

「確かに、よれてるね。壊さないように努力するよ。」

意図しない答えに俺はただ頷いた。

 

家に来た高堂は、相変わらず以前と変わらない態度。

俺がそれを望んでいたと言うのに違和感を覚えた。 しかし、高堂と話していて実感する。

やはり高堂がいなければ俺はダメだと思ってしまう。

ただ、それ以上の感情を俺は頑なに拒んでいるせいで考えられなかった。

 

「高堂、俺は高堂と仲直りできて・・・」

「忘れるんだろ?」

改めて感情を伝えようとしたら被さるように言う。

「あ・・・。」

「楽しい話しよ。」

高堂はそういって笑った。

忘れようと提案したのは俺だ。

高堂は、約束を破らない。

俺の思慮は浅かったことを思い知らされた。