ツグミは、何を考えているのか俺の恋人役を降りなかった。

俺よりは幾分策士な出前、強くその関係を断ることはしなかった。

高堂は相変わらず、俺と距離を置いている。
知らない友達と、楽しそうにしゃべっている姿をよく見た。
俺は、それを見る度に悲しい気分になった。

何故、知らない人間は高堂と友達になれて俺じゃ駄目なのだろう。
責めるつもりはないが何となく辛くなり目を背けたくなるのも事実。

本当に、ツグミの言う通り絶交したほうがお互いのためかもしれない。
律儀な高堂は、自然に友達を終わらせることなんてしないのは承知しているが

その時間はあまりにも長く感じられる。

ツグミに頼んで恋人役は高堂からなるべく見えない形でお願いした。

もはや意味がわからない。何のための恋人同士なのだろうか。
「意味あるの?」
ツグミも不思議そうな顔をしていたが、これ以上、高堂を傷つけても仕方がない。

それに早く別れて高堂が勘ぐるのも避けたかった。
俺は頭がどうにかなってしまったんだろうか。高堂のことばかり考えている。

時の流れは平坦で、俺だけ、取り残された気分になる。

まだ高堂と話してからそんなに日にちは経っていないはずだった。

昼休み、ツグミもいなかったから1人で弁当を食べていれば前に座る柏木が話しかけてきた。
「樋口くん、高堂にそういや彼女出来たんだって?」
柏木はまたも厄介な情報を俺にもたらした。
「知らないけど。」
「友達だろ?てか本当に最近一緒にいないのな。」

柏木は話題の1つだろうが衝撃が強すぎて、その後の台詞が見つからない。

彼女が出来た?
本当に?

頭が打ち砕かれそうだ。 俺は今まで、何に悩んでいた?
あいつの好意に悩んでいたのにあいつはひどくあっさり、俺を捨てたようだ。

タイミング良く、ツグミが来た。
「なに、放心してるの?」

「あー、こいつ、高堂に彼女できたって話知らんかったみてー。ツグミちゃん、知ってた?」
「まあ一応ね。ね、樋口くん借りて良い?」
「どーぞどーぞ。」
その言葉が聞こえたかと思えばツグミは俺の手を引いた。
冷やかす声も聞こえた気がするが、俺はそんな声に反応すらままならなかった。
連れられた場所は、人目の少ない階段で、そこに隣り合って座った。
「ねえ、何かすごい情けない顔してるけど。」
覗き込まれた顔に俺は落胆の色を色濃くした。
「いつ知ったんだ、ツグミは。」
「結構前かなあ。あんたが、恋人役を破棄するって言ったときには知ってたよ。言った方がよかった?」

「お前の判断は、言わない方がいいってことなんだろ。」

「といっても、噂だからね。実際彼女の姿を見た人はいないし、本人は明言してないもの。」

「でも、きっと本当なのだろう…。」

「ショック?」

そう言われ、俺は力なく首を振った。
「いや・・・高堂はやっと変わったんだ。でも俺からも離れて…本当に終わった気がしたんだ、

もう友達どころか他人になった。」
「ねえ、何でそんなに友達にこだわるの?私はあんたのほうが高堂が好きに見えるけど。悩みすぎじゃない?」
「・・・あいつ初めて俺に話し掛けてくれたんだ。

本当に、あいつは俺にとって好きとか嫌いじゃなくて尊い存在なんだ・・・。

高堂が居なきゃ俺は多分、人を殺してた。それ位、中学の頃は最悪で、高堂がその状況を救ってくれた。

その恩を忘れずに今まで友達として傍らにいたんだが・・・違ったらしい。」
「すごいね。その愛が恋愛に向けばいいのに。」
「ツグミ、俺はもういいよ。高堂は俺から離れたいなら、それでいい。」
「諦めが良いね。」
「高堂が望んだのだから仕方ない・・・。」
「なら、私を選びなよ。」
「なっ、・・・お前は婚約者がいるんだろうっ。」
「女はいつだって自分をかっさらう王子を見つけたがるのよね。

まあ・・・今は私が王子かな?見てらんないのよお姫様。」
そう言うとツグミの顔が近づく。キスされそうな距離に思わず身を引いた。
 
「ま、自分からキスする趣味はないけど。そういえば、まだ貰ってないな。」
「貰う?」
「そう。」
「あぁ・・・珍しく要求してこないとは思ったんだ。」
ツグミはいつだって、報酬を求める。無償でなにかしてくれたことは一度もない。

今回も恋人役を担う代わりに何かを要求されると思っていたが遅い要求だ。

「まだ決めかねてるの。」


「ゆっくりでいい。無茶なことは言ってくれるなよ?」
「言わないよ。ね、高堂諦めたら私を選ぶことはないの?」
「俺は・・・駄目だ。というかお前は・・・。」
「はいはい、じゃぁ婚約者がいなかったらは?」
「・・・ツグミを否定したいわけじゃなくて、色恋が駄目なんだ。」
「苦手?」
「あぁ。なんていうか・・・怖いんだ。」
「抽象的ねぇ。じゃぁ一生恋とかしないの?」
「出来ないだろう・・・な。俺には友人同士が心地良い。」
「進歩ないなあ。」
「すまん・・・。」
「謝らないでよ。」
そういってツグミは笑った。
その後、少し目をそらしたかと思えば突然、ツグミは俺にキスをした。
視界には、ツグミしかいなかった。
「ツグ・・・」
「もう少し、嫌なら男なんだから突き飛ばしなさいよ。」
意地悪く笑いツグミはもう一度俺の口唇に触れた。

突き放すなんて出来ないことを知っているような笑顔を見ながら、回想を巡らせた。
やっと離れたときツグミは俺を見て笑ったのが何となくムッとして嫌味を含めた言葉を開いた。
「・・・友達同士でこんなことはしない。」
「今は、恋人同士だからこれくらいいいでしょ?

大和撫子タイプの女子を恋人になんて、あんたは頼んでないし。」

ツグミはそういってまた笑った。ただ上機嫌とは程遠い、表情だった。