ツグミはなかなか変わり種だ。
可愛いというよりは綺麗で、美人というよりは美形といった方が的を得ている。
変わっているのは中身で、蜜が入っているかと思えば水で、
水だと思えば蜜が入っている、そんな感じでいまいち掴み所がわからないのだ。
次の日、噂は早くに広まった。
高堂よりも早くに柏木に見られたらしい。
手を繋いで歩く、ただそれだけで恋人同士の決定打のように言われた。
「あの男嫌いの池宮と付き合えるなんて!」
そんな言葉を祝福とともにたくさん聞いた。
男嫌いだというのは初耳だったがこれだけ周りが騙されてくれたのだから高堂だって騙されるはずだ。
池宮ツグミは俺が思っていた以上に高嶺の花だったようだ。
まさか身長と目付き以外の理由で昼休み喧嘩を売られる日が来ようとは思わなかった。
その喧嘩は買わなかったが、少々面倒くさい相手を恋人役にしたのだろうかと頭をもたげた。
だが、他にこんな茶番劇に付き合ってくれる女などいない。
ツグミは、高堂の視界に入るときを狙って俺に近づいた。
甘え上手に、俺が何も言わなくても恋人だと思える十分な台詞を言ってくれた。
耳元で「もっと喜んだふりしてよ。」なんて説教を言いながら。
数日、こんなことを繰り返したある日、しばらくぶりに高堂から話しかけられた。
ツグミは部活だったから、1人で帰ろうと玄関で靴を履き替えていたところだった。
「1人なら、一緒に帰ろう?」
いつもの高堂だった。
声の調子も口調も表情も、時間が戻ったみたいに胸が高鳴った。
「あぁ、帰ろう。」
俺の作戦が上手く行ったのだろうか、
だから高堂も元に戻ってくれたのだろうか、
そんな都合のいいことを考えていたら自然と表情も緩んだ。
歩いてすぐに話題がツグミになったのは意外だったが好都合。
「池宮さんと付き合ってるんだね。知らなかったよ。」
「あ・・・あぁ・・・。」
曖昧な返事に高堂は眉を潜めた。
「いつから好きだったの。」
「わからん・・・そんなの。」
「そう。・・・ねえ、樋口くん、池宮さんに俺のこと何か言った?」
「え?」
何故、そんなことを言うのか理解出来なかった。
確かに、このことを言うまでに説明はしたがツグミは言いふらすような子ではない。
「・・・言ってないけど。」
「ふうん。じゃぁ、なんだろう、自意識過剰だったのかな。
最近、君達がいちゃつく姿を見せつけられている気分だ。」
それは、俺が願ったことだ。高堂の前以外じゃ会話もほとんどしないのだから。
「・・・すまん。」
「ほんと、酷いなあ樋口くんは。」
その簡素な言葉に、俺は胸が痛くなった。どっちが、酷いんだか高堂はわかっていない。
溢れそうになる感情を抑え込み、俺は道の真ん中で立ち止まった。
狭い道だが、人も通らないから立ち止まっても困りはしない。
俺と対峙するように高堂も足を止めた。
「あの時、高堂は俺が嫌いだと・・・言ったよな。
それは今もか?俺は仲直りがしたくて、・・・話しかけてもメールしても・・・無視されるから、・・・。」
言葉は端から消えていく。何が言いたいのか、俺自身よくわからない。
「それで見せつけてくれたんだ。俺が嫉妬すれば早いものね。こうやってまた近くにいる。」
静かな声音、高堂の声は優しげでいつだって好きだったが今、少し怖かった。
「俺の気持ちを知った上で、あんなことするなんて本当に始末におけないよ。」
「な、何を怒っているんだ?俺は、ただまた高堂と友達に・・・」
「しばらく話してなかったよね、俺たち。」
しびれを切らしたと言わんばかりに高堂は声を張り上げて会話を切った。
「…それは…お前が…。」
「その間、俺のことばっかり、考えてくれたんだ?」
「・・・試すような台詞だな。」
「そんなことないよ。」
「俺は…考えすぎて、夜だってあんまり寝てないから寝不足だ。
もう高堂が傷付く姿は見たくないと・・・傷つかない方法はまた元に戻ることが一番だと思ったのだ。
高堂、きっとお前の抱くその感情は・・・。」
「俺をここまで、引っ掻き回すのは樋口くんだけだよ。
後にも先にも、俺をここまで傷つけてくれるのは樋口くんだけだ。
皮肉だね、本当、お前じゃ俺を助けることなんてできやしない。」
「俺が…付き合うって言っても…か?」
俺がぽつりとそういえば、驚いたように目を見開いた。
その後機嫌悪く下唇を噛み締めるので、委縮してその次の言葉が言えなかった。
「樋口君はすぐにそういうこと言う。樋口君は俺のこと、好き?」
単純な質問。口調は穏やかだったが俺はその言葉の返事ができなかった。
沈黙は長くは続かなかった。
高堂は苦笑交じりに俺の肩を数度叩いた。
「少しだけ、待ってよ。確かに俺は約束したからね。
キスしたからといって俺たちの関係は友人同士変わらないと。」
はあ、と深いため息。
再び頭を乱暴に掻きながらまたため息をついた。
「時間がほしいよ、樋口くん。ちゃんと元に戻すための時間が・・・さ。
だから、俺の目の前で池宮さんと一緒にいないで、嫉妬で気がどうにかなりそうだ。
それくらいの我儘、聞いてくれてもいいだろう?」
そう言うと、高堂は帰る方向とは逆に歩いて言った。
「どこに・・・。」
「樋口君のいない場所にだよ。」
それ以上、俺は何も言えなかった。
高堂をまた傷つけたようだ。
俺はどうしたらいいのだろうか。
また高堂は俺を悩ませる。
※
俺は放課後ツグミを呼んだ部活を遅刻させてまで言う内容かは微妙だが早急に答えを聞きたかった。
「屋上って、施錠されてると思ってたんだけど。」
呼び出した場所は屋上、教室にいたら高堂に見られるかもと思った苦肉の策だ。
「一応、な。」
「ふうん。で、話って何?」
「やっぱりこの関係はやめようと思う。」
「はぁ?」
驚き、というよりは呆れたという顔をされた。
「高堂を傷つけてしまった。前よりも、ずっと。」
「諦めさせるために、私がいるんじゃないの?」
「いいんだ。もう、高堂は友人に戻ると、約束してくれたから。」
「高堂君ね・・・あの人が諦めるかな。」
「・・・あいつは裏切らない。」
「そう。でもまだ、切り上げるのは早いよ。」
「でも・・・。」
「勘違いしてるようだけど、本気であんたを好きな人間が無傷で諦めるなんて、無理だよ。傷つくに決まってる。」
「でも高堂は時間をくれと言った。時間が解決すれば・・・。」
「ねえ、高堂君と付き合いたいの?」
「それは…」
「一番、高堂君の傷が浅い方法教えてあげよっか?」
「なんだ?」
「あんたが、いなくなること。それこそ時間が解決してくれる。
絶交して、高堂君は別の人間と付き合うの。」
「それは・・・。」
俺が嫌だった。
高堂が嫌いなら、告白された時点で関係は断ち切っている。
それができないのはこの曖昧な好きという感情だ。
「馬鹿みたい。」
「バカだよ、俺は。でも友達いたいから・・・親友だったんだ。しかも高堂には助けられてばっかりだ。」
「あんたって、ぼーっとしてるからね。」
「いつだって俺は高堂に頼っていた。完璧だったから、今までが、完璧過ぎたのかもしれないな。」
「好きな人を目の前にしたらそうなるかもねー。」
「親友が、あんな傷ついている姿を初めて見た。
助けなきゃ・・・って思うのに、原因が俺なんて皮肉がききすぎている。」
「付き合えば?男同士じゃ無理なの?」
「・・・俺は女子とも付き合ったことがない。好きとか、その想いが怖い・・・。」
「幸せもん。見ててイライラする。」
「手厳しい・・・。ツグミは恋とかはしないのか?」
「恋人は・・・いないね。でも結婚する相手はいるよ。」
「ほう。・・・は?彼氏はいないのでは・・・?」
「だから、恋人はいないんだって。」
「ややこしい・・・。」
「婚約者、親が決めた人と高校卒業したら結婚するみたい。今時じゃないよねー。」
「・・・いいのか?好きでもない相手と、結婚するなんて。」
「わかんない。でも婚約者は嫌いじゃない。好きでもないけど。」
「そうか・・・、すまん。」
「別に。」
「じゃぁ、いいのか?ツグミこそ、俺と付き合ってるなんて。」
「いいよ、向こうだって恋人がいるから。」
「やっぱり、お前はよくわからん。」
「あんたも相当おかしいけど。」
そう言って、ツグミは笑った。
俺もその時は笑顔を作れていたと思うが俺はすぐにため息をついた。