その日は日直を普通に忘れていた俺を罰と称して担任の使い走りにされていた。
散々色んな手伝いをさせられ苛立っている中、最後に資料室から抜き出したファイルを返却したら
帰っていいとやっと最後の手伝いを言い渡された。
最後と言う言葉に、解放感からか足取りは軽くなったのは言うまでもない。
資料室に行けば、高堂がいた。
なぜそこにいたのかはわからないが進学資料なんかも置いてある場所だから
高堂も将来についてもう調べているのだろうかとぼんやりと考えていた。
「まだ治ってないね。」
俺を見るなり、ガーゼの宛がわれた右頬を指差して厭味ったらしくそう言ったが返す言葉はなかった。
「なんでここにいんの。」
「樋口君は、きっと最後にここにくるだろうと思って待っていたんだ。」
苦笑いを浮かべて、高堂は俺を見た。
資料を机に広げて、深く腰掛けて椅子に座る高堂はどことなく高圧的だった。
「待ってた?帰る約束なんてしてないけど。」
「伝えたいことがあったんだ。聞いてほしいから、待ってた。」
「なんだよ。」
高堂の向かい合うように椅子に座った。
「俺、ずっと考えてたんだよね。ずっと、たくさんの時間をかけて考えたんだ。」
「へえ。」
いつもの高堂なら、冷静な口調で愛想のいい笑みを浮かべて会話するが今回は違った。
熱っぽく、未だに頭をもたげていた。
「どんなに考えても、答えが一つしか…ないんだ。」
「なんだよ、一体。」
「俺、樋口君が好きなんだ。」
「…は?」
「うん、ごめんね。突然、こんなこと言われたって困るよね。…中学の頃からずっと好きだった。
ただその好きが恋愛に当てはまるのかずっと考えていたんだ。
まだ確信は持てないけれど、俺はきっと樋口君が好きで仕方がないんだ。」
高堂は不安定な笑みを浮かべた。
「高堂…それって一体…。」
好きだ、と言われても何だか外国語でも聞いてしまったかのような気分だ。
わけがわからないうえにいまいち言葉の意味を読み取れない。
そんな俺に高堂は眉をひそめ、一息ついた後口を開いた。
「まだわからないけど、樋口君が喧嘩して怪我するたびに胸が締め付けられる思いだよ。
友達にしては行き過ぎているような、そんな感じ。
俺って意外と視野が狭いみたいで、最近ずっと樋口君のことばかり考えてるんだ。
しかも考えすぎて、樋口君とキスしたり、抱きしめたりする夢を見るようになって、
この気持ちを自分の中で抑え込むのは不可能になっちゃった…。
ここまで言えば、意味はわかってくれるよね。」
「そう…か。でも高堂…俺はお前の想いには…。」
同性からの恋愛感情に応える度量は俺にはなかった。
と言うよりは、その恋愛感情という得体のしれないものが俺にとっては脅威でしかない。
告白を断ろうと思ったがすぐに言葉を遮られた。
「いいよ、無理しないで。伝えたかっただけなんだ。気分を害しただろ?」
「そんなことはない。なあ、その恋愛感情は絶対か?俺はお前と友人を続けたい。」
「樋口君が望むなら、俺もそれがいいな。…でも、お願いがあるんだ。
実はまだ本当に樋口君に恋しているか不確かだから、確かめてもいい?」
「確かめるとは?」
「樋口君とキスしたい、っていったら怒る?」
「そんなに確かめなければならないことだろうか…。」
「好きかも知れない、なんて不確かだろう?このままいくと俺は友人関係を続けることも困難だよ、
四六時中お前のことばかり考えて過ごすだなんて隣にいても気持ち悪いだけだろう?」
「…もし、恋愛感情だったら…変わってしまうのか?この関係は終わりなのか?」
「大丈夫、樋口君に応えてなんて言わないから。どちらにせよ、俺たちは友達同士で変わることはないよ。」
高堂は、じっと俺を見つめた。
まさか同性から告白を受ける日が来るなんて思いもしなかった。
それが全く見ず知らずも人間ならばそんな要望応えるつもりはなかったが高堂は俺にとって、
大切な友人であることに違いなかった。
間違いだったら、いい。
友人関係を継続できる、そんな浅はかな想いにとらわれた俺は椅子から立ち上がり、高堂の前に来た。
「それで、答えが正確にわかるのなら手助けしてやる。」
「…いいの?」
予想外といわんばかりの声だった。目を丸くした高堂を見るのは初めてだ。
「あぁ。」
低く頷くと高堂は俺の首に手をまわした。
高堂と目線を合わせれば高堂の頬は赤く染まっていた。
「ありがとう。」
笑ったかと思えば、口唇が合わさる。
そしてすぐに離れた。
あまりに一瞬で、この程度なのだろうかと嫌悪感もなく高堂を見つめた。
「…今ので、わかったのか?」
「うん、ありがとう。俺の勘違いだったよ。」
あっさりと言われ、俺の方が拍子抜けした。
高堂はそういって笑った姿はいつもと同じだった。俺の知っている高堂がそこにいた。
「そうか。じゃあ今まで通りだな。勘違いでよかった。」
「手間をとらせてごめんね。付き合ってくれてありがとう。」
「じゃあ、帰るか?」
「あ、ごめん。俺さ、樋口君も待ってたっていうのも本当なんだけど、
資料探していたのも本当なんだ。だからもう少しここにいるよ。」
「わかった。じゃあまた明日な?」
「うん、バイバイ。」
手を振られ俺も振り返す。
資料室を出て教室に置いた鞄をとりに行こうとした時、手に違和感を覚えた。
「あ。」
資料室に言った意味を完全に忘れていて、手元には戻すはずのファイルが持ったままだった。
「しまった…。」
また戻るのは少し気まずいが、相手が高堂ならば平気だろう。
さっきのこともあって少し入りにくかったが友達だったと再認識してくれたのだから大丈夫だろう。
「わ、悪い…俺、ファイル戻すの忘れてて…。」
ばつの悪そうな顔をしながらそさくさとファイルを掲げれば高堂の泣いている姿が目に入った。
「…高堂…?」
「…なんでまた入ってくるんだよ…。」
鼻声で、止まらない涙は机を濡らしていた。
高堂が泣く姿なんて未だかつてみたことがなくて動揺した俺はすぐに高堂に駆け寄った。
「どうしたんだよ!?…お前、やっぱり…。」
ハっと、その答えに行きついた時高堂は涙目で俺を睨んだ。
「叶わないのなら…言っても言わなくても同じだろ…。」
「でも違うって…俺がまだ…好きなのか…?」
俺も、泣く姿をみて相当混乱したのだろう。
涙を拭いてやろうとハンカチを顔に近づけるとそれを払いのけられた。
「…俺さ、視野が狭いんだ、すっごく。」
「っ…そんなことはない…。」
「嫌いだよ、お前なんか。本当、大嫌いだ。」
先ほどから打って変わって拒絶された。否、最初に拒絶をしたのは俺だ。
でも友達だと言ってくれたその口でそんな言葉は酷過ぎるが仲直りする術は見つからない。
「泣くな…。」
嫌いだと大粒の涙を流しながら口にする高堂に触れようとしたがすぐにまた睨まれた。
「お前って、ほんと鈍感。うんざりするよ。」
高堂はそういって俺を押しのけて出ていった。