雨の日になると、息苦しくなる。

元々、雨は好きだったのに。

 

背が大きいから自然と後ろの席に追いやられた俺はぼんやりと昼休みに本を読んでいた。

周りをみれば勉強しているやつらばっかりだ。

一年の時の成績が良かったから、選抜クラスに入れられた。勉強大好き人間ばかりで気が引けることもしばしばだ。

人に言えば誉れ高いことだと言われたが、勉強しないでいたらあっという間にクラス最下位で

なんだか全てにおいて身の入らない日常を送ることになった。

こんなことならばもっと気を抜けばよかったと思いながら、去年までそんなクラスはなかったのを知っている。

学力が高い人間たちで一クラス作れるというわけで今年から決まったらしい。

 

運がないというか、そういえば顰蹙を買うので言うことないけれども内心面白くはない事実だった。

特に今はそう思う。

 

鬱屈した気分は、何もこのクラスのせいではないし雨のせいでもないのはわかっている。

 

「樋口くん、樋口君。」

不意に、俺の名前を呼ぶ声に体は少なからず反応した。

しかし呼ばれた時すぐにその方向に視線を移すことはできなかった。

何故、また俺の名前を呼ぶのだろう。

 

俺の名前を呼んだ、高堂裕喜(たかとうひろき)もまたクラスメート。

選抜クラスの一員であり俺とは違って文武両道で隙がない。

頭脳明晰ぶりを見れば何故この学校にいるのかわからないぐらいだ。

 

「…何。」

俺は静かに返事をした。

本当、意味がわからない。

 

「今日、雨降ってるよね。それでさ、…。」

俺がじっと高堂を見れば、黒い髪が揺れる。

少し困ったように笑いながら、次の言葉は舌で転がすことなく飲み込まれた。

 

「ううん、ごめん。読書の邪魔してごめん。」

高堂は本を指差して、軽く頭を下げた後教室を飛び出した。

 

周囲でみた人から見たら、さぞ不思議だったのだろう。

たまたま前方に座っていた、柏木というおせっかい男が俺の頭を軽く殴る。

「何してんだよ。喧嘩か?」

「殴んなよ、そんなんじゃないし。」

「前まで、結構仲良かったっていうか仲良かっただろ。最近変だぞ。」

「まあ、雨降ってるからじゃないの。」

「変な言い訳〜。高堂嫌いになった?」

「まさか。変な噂広めんなよ、ちょっと俺の機嫌が悪いだけだ。」

簡単な嘘を言って、柏木から逃げるように俺も教室を出た。

 

本当に、どうしてまた話かけるのだろう。

否、どうしてまだ俺なんかを見るのだろう。嫌っているのは高堂の方だ。

最悪だ、全てが。

 

このまま鞄を持って学校から立ち去りたかったが

屈強で強面な担任が俺の行く手を阻みそれを実行するには至らなかった。

 

あぁ、本当に最悪だ。

 

身の入らない授業を聞き流しながら俺はあの日を思い出した。

あの日をまだ鮮明に覚えているが、もう二週間も前になる。

あんなことを言わなければこんな鬱々とした気分にはならなかったのだろうか。

自問自答をしたところで答えはみつからない。

はぁ、とけだるいため息をすれば不意に視線を感じてちらりとその視線を目で追った。

その先にいたのは、高堂だった。

俺と目が合うなりすぐに目をそらして何食わぬ顔で授業を受ける。

そらされた視線が妙に寂しくて、またため息をついた。

 

高堂とのこの微妙な距離を作ってしまったのは俺が原因だ。

中学からの親しい友人だった俺たちをこうもよそよそしくしてしまったのは

あいつが妙な告白をしたからだ。

 

俺は粗暴でいつだって周囲から除け者にされていたが、高堂は違った。

誰にだって優しく誰にでも平等だった。

そして除け者の俺に同情でもしたのか、いつのまにか俺の隣にいるようになった。

きっかけなんて、覚えていない。

最初は毛嫌いしていたがしつこかったのでほっといたら俺の方が絆されて親しくなった。

何でも言い合える、少なくても俺は困ったことがあれば高堂を頼っていた。

頼る癖がついてしまったのだろう。

 

ただ、高校が同じだったことは偶然、俺も高堂も第二志望の高校が同じだっただけだ。

クラスも一年の頃は違うしそれぞれ別の友人と付き合うことのほうが多くなり始めていた。

そうは言っても、家も近かったから一緒に帰ることはあったし遊ぶことも多かったし

やはり仲がいいと言われれば、一番仲が良かっただろう。
というより、友達自体が少ないから高堂は貴重な友人でもあった。

 

高堂と仲良くしているからと言って、俺の元来の粗暴さが消えるわけではなかった。

粗暴な性格と、身長が大きく目つきの悪い容姿を持てば自然と柄の悪い人間に喧嘩を売られ、
それを買うことが日常的になっていた。

 

怪我をすることも多い、右頬を殴られた次の日に高校に行けば他の人間が茶化す中で、高堂だけは生真面目に心配してくれた。

心配されることを知っているから、あまり目立つところに傷は負いたくはなかったができてしまったものを隠すことはできず

その心配に加えた説教を素直に聞き入れた。

俺が怪我をした時の高堂は俺が驚くほどすごい剣幕で怒ることもあったがそれも友人だからだと片づけていた。

 

雨の日だ、今日みたいな雨の日。二週間前の天気をまだ覚えているなんて自分でもらしくない。