予想した通りシャズィは満月よりも前に僕のもとにやってきた。

不安そうなにノックをするから安心させたくて、

扉をあけて僕は笑みを浮かべながらシャズィの手をひいて家の中に招いた。
久々の再会はとても喜ばしい。

しかしシャズィの様子はいつもと違うと僕は少なからず不安を覚えた。


「あ・・・アズサ。」
シャズィを椅子に座らせて、僕も椅子に座った。
「不安そうな顔。大丈夫?」
僕がそう尋ねればシャズィは苦笑いを浮かべた。
「アズサ、俺の友達が消えたんだ。ミーシャ・・・ミハエル・バレンタ。知ってるか?

いや、知らなくても…ここに男が来なかったか?」
予測した通りの言葉。
だから丁寧に思い描いていた言葉をかけた。
「知らない。大切なの?」
「あぁ。」
「僕よりも、かな?」
初めてだ、こんな意地悪な問いかけをしたのは。

シャズィは眉をひそめて、怪訝な顔を浮かべて僕を見た。
「アズサ、何か・・・いつもと違うな。」
「シャズィも違う。」

僕を安心させてくれるシャズィは、いつのまにか遠くへ行ってしまったようだ。

こんなに想っている人間が目の前にいてシャズィは消えた友人を心配していたんだ。
「…俺はその男と喧嘩してた。いっつも喧嘩ばっかりしてたんだけどな

…まだ仲直りしてないんだよ。居なくなって驚いている。」
後悔、という文字が顔に書かれていた。でもごめんね、その男は土の下だ。

僕は話を聞きながら、優位になった気分で心地よさを覚えながらもやっぱりシャズィが

別の人間の話をすることに不快感を覚えていた。

喧嘩ばかりしているのなら、シャズィが苛立つ原因がその友人にあるのならば

居なくなって清々していてもいいんじゃないのかな。

「…そう。」

僕は感情を押し殺して、相槌を打つ。
「喧嘩の内容も、ここにいる吸血鬼のこと。アズサ…あいつはお前のことを吸血鬼だと

暴いてやると…言っていた。最後の喧嘩の内容だ。だから、もしかしてここに来たんじゃ

ないのかなって。本当、良いやつなのに森の噂には熱心なんだ。居るわけないのにな…吸血鬼なんて。」

思い出したかのように笑うシャズィ。

相変わらず吸血鬼という存在を否定する。

「森を探すのはシャズィの自由だ。でも…ここにいてもその人は現れないよ。」

「…だよな。そう、それもあるんだけどもう一つ伝えなきゃならないことがあるんだ。」

「何?」

シャズィは言いにくそうに眼が泳ぐ。

僕もその先の言葉はあまり聞きたくなかったので急かさないで待っていた。

 

「…俺、しばらく森には来られない。引っ越すんだ。」
報告が遅れてごめん、と頭を下げながら僕に言った。

「え…。」

目の前が、真っ暗になる。

「でも、また会いに来るからさ?アズサは良い奴だし町に出ればきっと皆とも

仲良くなれると思うんだ。だから、森は危ないし…町に来ないか?」

シャズィは何を言っているんだろう。

僕は頭に大きな衝撃が走る、体を支えるようにテーブルに肘をついた。

 

シャズィが友人を心配してここに来ることは予想していた、でも会えなくなるのは予想とは違う。

どのみち、僕が壊してしまいそうだった関係をシャズィはいとも簡単に平然と言ってのけた。

 

いつだって僕は待っているんだけなんだ。

きっとシャズィは友人を見つけることなくそのまま引っ越してしまうのだろう。

僕が、殺したと言えば変わる?

殺したと言っても、僕を嫌いになって結局僕の目の前からいなくなってしまうだろう。

 

僕はシャズィがいなくなったら、一人だ。

身勝手だよ、勝手に遊びに来て勝手にいなくなるなんて…――――。

そう思うと心が黒いもので覆われていく。

今、僕はどんな顔をしているのかな?

 

「…喉が渇いたね。」

僕は何とか椅子から立ち上がって、まだ衝撃でふらつく足元を庇いながらテーブルに手をついた。

シャズィは僕の行動に驚いたのか眼を見開いて「え…?」と僕を見上げながら聞き返す。

 

「紅茶なら、あるから。飲もうよ、一緒に。」

「あ…あぁ…。」

僕は笑っているのかな。

ねえ、シャズィ。

君は僕を善人だと信じてくれていたわけではないんだよね。

ただ自分の主張に沿わせたかっただけ。

僕を善人だと言ってくれたけれども、結局吸血鬼であることも信じていない。

それでも、僕は嬉しかった。だって、悪魔の子のうわさを知りながらも

ずっと遊びに来てくれたんだもの。

 

僕は吸血鬼だけど、悪魔じゃない。

気高い心を持って、誰ひとり傷つけることなく、生きているつもりだった。

 

手に握られたのは紅茶の茶葉と白い粉末。
昔、剥製を作った時もこんな気分でこれを握っていたのかな。

 

僕より町の人たちのほうがずっとずっと僕を理解していたようだ。

悪魔の子って一体誰がつけたのだろう。

僕はきっと昔も同じことをしているのだ。覚えていないだけで。

 

入れた二つの紅茶。

シャズィは一緒に食べて飲むことを望んでいたのを知っている。

最後に叶えよう。そう、最後に。

 

「はい、シャズィ。」

紅茶を差し出す。あやしいところなんて何一つない。

シャズィは何かを考えているようだった。

紅茶をなかなか口にはしない。

「アズサ。」

僕の名前を呼ぶシャズィは少しだけ苦しそうだった。

「何だい?」

「もし俺が帰ってからその、ミーシャが来たら早く帰れっていってやってくれ。

引っ越しが近いから、さ。」

どこまでも、その男のことばかり。

そういえばシャズィが僕の前で友達の話をしたのは初めてだったと思った。

「うん。わかった。」

僕がそういうとシャズィは少し安心したように笑った。

「ありがとう。」

そして紅茶に口をつけた。それを見計らって僕は口を開いた。

「でも、間に合わないだろうね。」

「え?」

「そのミーシャって人は庭に埋まっているからさ、一人じゃ帰れない。」

「なっ…!?」

 

眠りは深く、あっという間。

シャズィは僕に何かを言いたそうだったけれども、それを言葉にできずに

床に倒れた。

「おやすみ、シャズィ。」

 

そういって僕は紅茶を口につけた。

味は最悪。不味くて飲むことも叶わなかった。

ふとテーブルに目をやるとティーカップは割れていた。

 

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