シャズィがいなくなってから、まだ三日だ。

たったの三日!

今までの時間の経過の早さが嘘のようだ。

時間は止まってしまったような感覚に陥った。

 

もうシャズィは来てくれないかもしれない。

あの時、どうして引き止めなかったのだろう。

後悔に潰されそうになる。

家の中で、ソファーに横たわる僕は先ほどから時計ばかりに目をやっていた。

 

近くにはカレンダーを置いて。

 

シャズィに会いたくて仕方がなかった。

それは多分、抑えがたい空腹感にも直結しているのだろう。

間違っても、血を貰うなんてことはあってはならない。

飲まなくても平気だがやはり欲求に逆らうことは耐えがたい。

 

僕の思考はどんどんと進んでいき、町に行くことへの決意が固められていく。

 

何十年とあの町には行っていない。

いや、行ったかもしれないが覚えていない。

記憶は曖昧で、何一つ情景が思い出せない。

今はどうなっているんだろうか。

少しは変わっているのだろうか。

シャズィには会えるのだろうか…?

 

甘い考えに溺れながら僕は町に行くことにした。

時計やカレンダーを見つめた後、窓を見ると日は落ちかけているのに気付いた。

 

今から家を出れば夜には町に着く。

 

僕は追い立てられるように外に出た。

少しばかり姿を隠そうとフード付きのコートと眼鏡をかけて。

 

 

家をあけるのは久々だった。

森は相変わらず淀んだ空気で僕を見守っていた。

夜になるにつれて町の明かりが鮮明になる。

鮮明になる明かりについつい歩調が早まる。いつのまにか石畳の街道に繋がり

幾人かの人とすれ違った。

吐き気を覚えた。胸が苦しくなる。

しかし、誰も僕が吸血鬼であるなんてわからない。

それどころか僕に見向きもしない人々に安堵をおぼえた。

 

町は大分変っていたが昔の名残も十分に残っていた。

夜ということもあり人通りは多くはない。

しかし僕はよっぽどこの街がダメなようで町に入ってからは体調がおかしかった。

拒絶反応、と呼んでもいいだろう。胸を切り裂かれるような感覚に思わず服を強く掴みながら前進する。

全ては、シャズィに会うためだ。

会わなくても、元気であることを確認すればいい。

不審者にならない程度に辺りを見渡しながら、広場のような場所に行きついた。

昔と変わらない、場所にはかわいらしい花壇が中央にあってそれを囲うように

日中は屋台なんかもあるんだろうなということが安易に想像できた。

今は何もなく、石でできた長椅子が存在を主張していた。

 

シャズィはここにいるはずだ。そう思ったが、すぐにみつかるわけもなく僕は長椅子に座って

ぼんやりと懐かしむように街を眺めていた。

 

すると、聞きなれた声が後方から聞こえてきた。

思わず振りかえる。

振りかえった先には緑地が広がり、先には丘が見えた。

「シャズィ…?」

僕はあわてて、身を隠しながら近づいて草むらに隠れた。

とっさの行動だった。しかしその判断は誤っていたのかもしれない。

声は鮮明になり、僕はその内容に思わず息をのんだ。

 

「シャズィ。お前、いい加減森に行くのはやめろよ。」

呆れた、といわんばかりの声が響く。

シャズィの名を呼んだ男は明らかに機嫌が悪そうで眉間にしわを寄せていた。

僕の心臓はうるさいぐらいに鳴っていた。

やはり、シャズィは僕のことを知っていたのだ。僕の正体を。

だから、おかしかったのかと説明がついた。

「嫌だよ。」

しかしシャズィは簡単な否定を笑顔でしていた。

「っ…あの森は悪魔の子がいるんだぞ。いつか、お前は悪魔に食われちまう!」

「また吸血鬼の話か。いるわけないよ、吸血鬼なんて。」

「だから、あの森にはいるんだって!」

男の剣幕はすさまじかったがシャズィは軽く笑って受け流していた。

「そう怒るなよ。悪いけど、あそこにはその類はいないよ。」

否定。

僕は、何十年と外の世界を知らなかった。

だからまさか存在を否定される時が来るなんてことも考えなかった。

頭に衝撃が走る。

しかしそれだけはない。シャズィが僕以外の誰かと喋っていることにも

おかしいほどに不快感を抱いていた。

 

シャズィは、吸血鬼を信じていない。

僕はただの孤独な人間に見られているのか?

可哀想な僕だから、話し相手に来てくれているのだろうか…―――――――。

鬱々とする感情が巡る。

その間も男の一方的な言葉は続いていた。

「夜に森に出かけるのは吸血鬼に会っているからだろう?」

僕のことであることは明白で、心臓がまた飛び跳ねる。

「違うよ。友達に会ってるだけだって。」

「悪魔に会うなんて…馬鹿げてる。」

「友達の悪口を毎日聞かされる俺の気持ちを考えたことがあるかー?ミーシャ。」

「っ…。」

シャズィの言葉に罪悪感を覚えたのかミーシャと呼ばれた男は黙った。

「本当はここに連れてこようと思ったんだけどなあ…。」

「やめろよ!お前は何年ここにいるんだよ!?」

「何年至って、俺にはお前が狂信的な差別主義にしか見えないな。幻想時代は終わった。

人狼もフランケンも吸血鬼だって生きていけるのは銀幕の中だけだ。実際にいたら病院に送られるだけ。

ミーシャは何を恐れているんだよ?森にいる化け物に怖気づくのはらしくないぞ。」

「こんな時代…現実を別の言葉で抽象化しただけじゃないか。根本は変わらない。

森にいるのは化け物だ。これ以上深くかかわるな、森に…行くな。本当にあいつは…危険なんだ。」

男の口調は、ゆっくりと弱まっていく。

懇願、とうい言葉が似合いそうなほどだ。

「嫌だ。ミーシャは何でもかんでも信じすぎる。モンスターなんてこの世にはいないよ。

証明してやっただろう?」

シャズィはそういうと男から背を向けてゆっくりと緑地から広場に戻ろうとしていた。

「お前の両親だって…吸血鬼にやられたって…!」

男がそういうとシャズィの動きはぴたりと止まった。思わず男の言葉もそこで止まる。

そして首を回して男を睨んだ後にこう行った。

「通り魔だ。別に森の吸血鬼にやられたわけじゃないしな。」

「っ…。」

男は諦めたのか、嫌味っぽくこう言い放った。

「本当に無知なのはどっちか!」

 

シャズィはそれを背中で受け止めるだけで、歩調も変えずに歩いていった。

「また明日、ミーシャ。」

何事もなかったかのような言葉で手を振る。

 

 

シャズィは、また来てくれるかもしれない。

僕を人間だと思って、付き合ってくれていたのだ。

体が熱くなるのがわかる。

にやけそうになる顔を抑えるように僕は手で顔を覆った。

 

しかし、あれだけ町の人間にとめられながら…ずっと僕のところに来てくれたのは何故だろう。

草むらに隠れながらその問いを考える。

ひねり出した一つの答えがあった。

 

証明。

僕が吸血鬼ではなくて、そもそもそんな化け物は存在しないと町の人間に知らしめたいのではないのだろうか。

 

シャズィには、化け物に対する嫌悪感がこちらからでもわかるぐらいにあらわれていた。

次にシャズィに会った時、僕はどうすればいいのだろう。

会いたいのにぐるぐると色んな思考が気持ち悪いぐらいに駆けていく。

 

それから、もうひとつ。

今まで抱いたこともなかった嫉妬という感情にどう対処する方法にも悩んだ。

シャズィが友達と一緒にいる。

当たり前すぎる光景なのに見ていてここまで不快になるなんて思わなかった。

気分が悪い。

僕は自分が思っているよりもずっと好きなのかもしれない。

それは友達としてなのか、さらに一線を越えるものなの皆目見当もつかない。

ただそんな言葉を正直に言えるわけもない。

 

今だって壊れかけてしまいそうな関係。

シャズィが来なくなれば僕らの関係なんて終わってしまうんだ。

何事もなかったかのように、全て、僕はまた死んだように生きるだけの日々を送るだけになる。

 

そんなのは嫌だと叫びそうな心を必死に抑えて僕は森に帰った。

次会うとき、僕はどんな顔をして会うのだろうか…?

楽しみなようで、不安ばかりが募った。

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