時間はあっという間に過ぎ去る。

一回り小さかったシャズィはいつのまにか、僕より少し大きくなった。

可愛い容姿は、格好よくなってますます人から好かれているだろうな。

シャズィは僕に少なからず不思議を抱いていた。

 

「それにしても若いなあ…。本当にずっと顔が変わらないなんてあるんだな。」

そう、何度目かの時に言われた。

シャズィは、無意識かもしれないが幽霊やモンスターといったものを嫌悪しているように見えた。

だから何とか理論でこじつけようとあれやこれやとわからない単語で僕に説明することも増えた。

脳の物質がどうとか、自然界にある物質の名前なんかをいくら言われたって、
それがどういう風に反応をしめしたって…結局僕には理解できないのだけれども

シャズィが楽しそうに喋るから僕はそれを聞くだけ、それだけで十分嬉しいし幸せだった。

 

すっかり見た目も大人っぽくなったシャズィだがあの頃と変わらず僕の傍らにいた。

満月の夜に、なんて恥ずかしい言葉を残すだけで、約束なんてものはないがシャズィは来てくれる。

僕にとって、シャズィが現れてから今に至る時間なんて大したことはないがシャズィは違うだろう。

それなのに淡々と約束の時間にシャズィは現れた。

いつのまにか、僕はシャズィといるときだけが唯一の楽しい時間。

だから時が経つにつれて別れが辛くて仕方がなかった。

きっと町では僕なんかよりも楽しい連中と遊んでいるんだと思うと心が痛くなるほどに。

僕がどれだけシャズィに焦がれているか、彼は知らないだろう。

好かれている自覚はあるだろうが。

会えない日はひたすらシャズィのことばかり考えて

気持ち悪いと一蹴しながらもやめられなかった。

いっそ、この気持ちを伝えられた…と何度も思ったが僕は一人になることがとにかく嫌だった。

 

 

今日は満月。

 

待ちわびた満月を眺めながら手作りのテーブルと椅子を用意してシャズィを待った。

 

何時に、何てわからないけれどいつも似たような時間だった。

 

ぼんやりと森に耳を傾ければ音を拾うのは簡単。

足音が聞こえてくるのがわかるとそれが誰なのかもわかって胸が痛いほど高鳴った。

 

 

「久々、アズサ。あっテーブルだ!作ったのか!?」

久しぶりのシャズィは相変わらず元気で、来て早々目を輝かせてテーブルを眺める。

「久しぶり。うん、作ったんだ。」

「器用だなぁ、アズサは。」

「そんなことない。シャズィのほうがもっと器用だ。」

「ははっ、ありがとう。あ、これ剥製だよな?作ったのか?」
「あぁ、暇つぶしにね。」
そうはいったが、僕はどうしてこんなものを作ったのかは覚えていなかった。
当たり前のように剥製があったので、そうはいったがどうやって作ったのだろうか。
曖昧な笑みを浮かべている間に、シャズィは椅子に座っていた。

向かい合わせになった僕たち。

シャズィは僕に色んな話を聞かせてくれた。

面白おかしく、いつだって明るい口調で。

今日もそうなると思っていた。

でも、向かい合った瞬間そうではなくなることを悟った。

目の前にいるシャズィは机に肘をついて、らしくない小さなため息ついていた。

 

「元気ないね。」

「うん、今日はね。家にも町にもいたくなかったから。ほんと、町の住人はわからずやで。」

「そうなんだ・・・。」

何故?とは聞けなかった。聞き流して、このままいつもの会話に戻ればいいなんて思ってしまう。

「俺は、アズサは優しくていい奴で、俺の大切な友達だと思ってる。ごめんな?急にこんなこと…。」

元には戻らない。いつもとは違う空気。

突飛な告白をした後で助けを求めるように、シャズィは謝罪を口にする。

辛そうな顔をしたシャズィを見るのは辛い。

 

「構わないよ。僕はいつだってここにいるんだから。友達…だろ?」

少なからず言葉は震えた。友達、そう名乗っていいのかと思うと嬉しくてたまらない。

僕にはシャズィしかいないのだ。

頼られるのならいくらだって助けたい。

たった1人の友人のためなら何でもしてあげたくなる。

しかし今の僕はシャズィの心にどこまで踏み込めるのかがわからず、当たり障りのない言葉だけが並んでいくだけで

救いにすらなっていないだろう。

 

「アズサは・・・町には来ないのか?」

沈黙の中で、ぽつりとシャズィは呟いた。

「えっ・・・?」

「アズサが町にいたら、きっともっと楽しくなるしさ。居たらいいなって思った。」

初めて言われた言葉。

しかし、それではまるでシャズィが僕の素性を知らないみたいな言葉だ。

あれから何年もたったが、いつかこの関係が終わってしまうことに恐怖を抱いている気持ちは変わらない。

結局、シャズィには僕に関する噂は聞けずじまい。

聞いているはず、シャズィは優しいから知らないふりして哀れな僕に付き合っているんだと、

何度も何度も言い聞かせてきたのに。

「楽しくないよ。」

ぶっきらぼうに言い放つ僕にシャズィは少しだけ驚いたように、でも笑みを浮かべてその感情を伏せて尋ねてくる。

「何故?」

「・・・僕は嫌われている。ずっと、昔から。」

「昔?・・・俺はアズサのこと、何も知らない。知られたくないみたいだったから聞かなかった。

でも、友達だろ?ほら、俺さ・・・大人になったし。対等だろ?」

シャズィは気恥ずかしそうに口を押さえた。

シャズィも、僕を好いてくれている。

そう思うほど満たされていく。

口は軽くなり、本当のことを言ってしまいそうになる。

吸血鬼なんて存在を、誰が明かせるものか。

僕の顔は色んな考えにとらわれて歪む。押し黙る僕に痺れを切らしたシャズィは残念そうに口を開く。

「なぁ、仮に君が嫌われているなら何故、この森を出ないんだ?」

「…なんでだろうね…。」

今日のシャズィはいつもち違う。

何故、何故僕をイラつかせる言葉ばかりを選ぶんだ。テーブルの下に隠れた手で握りこぶしを作る。

 

「新しい世界に興味は?」

「興味なんかないよ。ただ、僕にはこの場所しかない…これ以上辛い思いをしたくはない。」

「俺と居るときも辛い?」

「それはっ・・・別にっ・・・。」

素直になれない。

こんなにも待ちわびている再会をいつだって上手く表現できなくて、拒絶するような台詞を吐こうとする。

「ふうん。」

相槌は冷たい。

僕の体が一気に冷めていく。

嫌われたかもと思うと怖くて仕方がなかった。

「シャズィ・・・?」

慌てて、名前を呼ぶとシャズィは苦笑した。

「今日はダメだなぁ・・・。変なことばっかり言っちゃうし。」

ため息混じりにシャズィは言った。

「アズサ。今日は帰る、また来るな。」

「か・・・帰りたくないんじゃ・・・?」

「俺は、大丈夫。久々にアズサの顔見れたしさ。」

そう言って立ち上がり来た道を戻ろうとする。

嫌だ、とは言えないが引き留めたかった。

 

でも、・・・。

「わかった・・・また・・・な。」

引き留める言葉は口から出てこなかった。

「うん。」

シャズィは寂しそうに笑った。

 

 

シャズィが町に帰る瞬間が一番嫌だ。

僕はまた1人になる。

 

シャズィの姿はゆっくりと遠退いていく。

その姿を見て、僕は二度と来てくれないのではないかと不安になった。


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