シャズィという少年は太陽みたいに明るい子だった。

昼間は学校、夕方頃に僕のところにやってきた。

でも毎日、とはいかない。

やるべきことが多いようでそんなに会うなんてできない。

 

もとより約束なんてしていない。

 

僕が勝手に待っているだけなんだ。気まぐれにシャズィが遊びに来る、それだけ。

来てくれることはとても嬉しくて、でもいつ来るのかがわからなくて

もう来ないんじゃないかって不安になるばかりだ。

僕はいつもどんな顔をしてシャズィにあっているのかな?
 

楽しそうにできているのかな?

 

僕といるときは大体、木で何かを作りながら喋っている。

それは、僕のためだろう。

会話に慣れていない僕を気遣うように、途切れる会話ごとに作品のアドバイスを求めてくる。

アドバイスを求められても特に言うこともみつからないから、黙ってしまう。

 

どこまでも僕はダメな奴で、まともな会話すらできない。

こんなダメなやつじゃ、すぐにシャズィは嫌いになってここに来なくなってしまう。
そう思うと、心が苦しくなって息ができなくなりそうだった。

でも、そう思っちゃいけないと何度か会って思うようになった。

 

シャズィは誰よりも人の感情を読み取るのが上手だ。

僕の求めた言葉たちを次から次へと与えてくれる。

隙が生まれれば僕の心に入り込んでしまいそうな、怖い子供だ。

一回りも違う体格なのに、負けている気がする。

 

僕が、君に弱さをさらけ出すにはまだまだ幼いはずなのに、

どうしてかシャズィは僕を心地よい気分にさせてくれた。

 

大人びたシャズィだが夢を語るときは子供っぽかった。

「俺は将来科学者になるんだ!」と自信満々にいう姿は可愛いなと思った。

自信ありげに勉強もスポーツも得意だと言ってのける。

確かに、そんな感じがするなと僕はただただその言葉にうなずいていた。

 

「アズサは何歳なの?」

そんな問いにいちいち心臓が痛くなりながらもシャズィとの会話は大好きだ。

「…内緒。年齢不詳のほうがかっこいいもん。」

「えー、秘密なんてずるいよ!」

シャズィはそういって笑うと僕も本当に幸せな気分になった。

 

たくさん会っているわけではない。

それなのに寄木細工も、シャズィは難なくいつのまにか僕よりもずっと奇麗に作れるようになっていた。

出来のいい人間って、本当にいるんだなと思う。

感心しながらもやはりそんな作品の出来よりも気になることは1つだった。

 

もう半年だ、この森にすむ吸血鬼の話を彼が聞いていないはずがないんだ。

それなのに、こうしてシャズィはやってきてくれる。

どういうつもりなのか、気になって仕方がなかった。

でも聞けるわけがない。

聞いたら今の関係が崩れそうで怖かった。

本当に、どこまでも臆病な自分に嫌気がさす。

それなのに、行動も言動もいつだって嫌気がさすものを選択してしまう。

シャズィはここに来てくれる、それだけで十分だ。

一緒にいるだけで、幸せ。

僕はそうやって思いこむことで現実から目をそらしていた。

 

 

今日は、ぼんやりと、誰を待つでもなく外に出て空を眺めていた。

澄んだ空気を肌で感じれば少しはシャズィのことを頭から離れると思ったがそうではなかった。

考えることばかりがその子のことばかりだなんて、気持ち悪いに決まっている。

頭を抱える僕の正面から、幻想が飛び出してきた。

 

「あ、今日は満月だなあ。」なんてだらけた口調でいいながら。

唐突に森に遊びに来たシャズィはいつものように笑顔でこちらを見る。

 

僕は相変わらず心の準備何かできなくてびくりと体全体を強張らせていた。

「どうも…。」

「アハハッ、こんばんは。」

「君は本当に、突然だね。」

嫌味っぽく言えば笑顔で返される。

「ねえ、知ってる?俺が何で突然来るのか。」

まるでわざと突然来ているかのような言い方だ。

「え…?」

疑問符を頭に浮かべながら怪訝な顔をする僕にシャズィはいたずらっぽい笑顔を浮かべていた。

「アズサが驚いて僕を見る顔が好きだから、いっつも適当な時間に来てるんだよ。」

「っ…!」

からかわれている憤りに何か言いたくなったが何も言う言葉が見つからなくて

硬直したままシャズィを見ていた。思わず唇を噛みしめながら。

 

「アズサは可愛いね。でも、いつも怯えてる。」

馬鹿にするわけでもなく生真面目な表情で心配そうに僕の頭を撫でた。

 

言動、行動、全てが僕よりずっと大人に見える。

少年と言うには違和感を覚えるほど。

 

「別にっ・・・ただ、やっぱり来るなら・・・。」

「うん、そうだね。じゃぁ満月の夜に来ようかな。」

僕が言い終わらないうちにシャズィはかぶせるようにそう言った。

「えっ・・・?」

「神秘的じゃん。俺は、運命とか赤い糸とか結構信じるタイプ。

満月の夜にこの森でアズサに会うって何か特別な感じがするじゃん!」

そういって笑ったシャズィはやけに子どもっぽくうつった。

ただ、理由はどうあれシャズィはまた来てくれる。

しかし、あの噂は聞いていないのだろうか・・・?

 

「あの…。」

「何?」

「いや、家で紅茶でも飲もう。」

「うん、俺アズサの淹れる紅茶好きだなあ。」

シャズィが笑うと周りの物にすら生気が宿ったように鮮やかに見えるから不思議だ。

やっぱり僕は逃げてしまう。

今の僕には聞く勇気なんてなかった。

目の前にいないときですら、聞くつもりはないという決断なのに、目の前にいて逆の決断をするほど

僕は大胆な男ではなかった。

それでも気になるという気持ちだけが増えて口に願望が溜まる。

その言葉たちを一度飲み込んで、僕は息を吐いた。

沈黙の後、すぐにシャズィがその間を埋めるように喋り始めた。

 

「アズサ、アズサはいつも一人なの?」

シャズィにしては珍しい問いかけだった。

「僕を好きな人は・・・いないからね。」

絞り出すような声は震えていた。

恥ずかしい。

「ふぅん。じゃぁ好都合だ。」

そう言ってシャズィは前のめりに僕の顔を覗き込む。

「誰もいないなら、アズサは俺しかみないじゃん。」

「えっ・・・?」
思ってもいないセリフに僕は首を傾けた。

「夜に遊んでくれるの、アズサだけだからさぁ。」

「シャズィの親とかは・・・?」

「いないよ。」

当たり前、というような軽い声。

シャズィは僕の横に座って、僕の裾を引いた。

「俺も1人だ。」

「でも、シャズィは忙しい。友達もいるだろう?」

「じゃぁ君だって、僕がいるから1人じゃないな。」

「・・・っ!」

言葉遊びのように、言いくるめられた気分だ。

かなり強引に。

 

「君は意地悪だ。」

「そうかな?」

「意地悪・・・だ。」
そんなことを言ってくれるのに結局は町に帰ってしまうのだから。
帰らなければいいなんて言えない。
でも、もっと一緒にいたいという願望がこのままいうと口から溢れてしまいそうになる。

「アズサが困ったり驚いたりする顔が癖になりそうだ。」
そんなことを想っている僕とは裏腹にそんなことを言いながら無邪気に笑うシャズィが
どこか恨めしいがそこがいいところだ。

 

シャズィはそういうと僕の頭を撫でる。

僕より一回り小さい体で、不釣り合いな行動だらけ。

戸惑う僕をみて楽しそうに笑う姿。

風が抜ける、木々がざわめく。

満月はいつのまにか隠れていた。


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