視界が暗くなった。これから物語は始まる。
物語が終われば次第に明るくなる。現実世界に戻る合図だ。







潰れかけた映画館に僕は通っている。
ただ非現実的な気分を味わいたいだけであってここの作品が面白いと感じたことは
一度も無い。

「今日もパッとしなかったなあ。」

そう言った男はアル。ここに良く来る、所謂フリーターだ。高2の僕より6つ離れている。僕はその感想に納得して大きく頷いた。僕たちは趣味が似通っていて仲良くなった。年上で、何でも知っているアルに僕は憧れを抱いていた。面倒見も良く親に放任されて育った僕にとって、唯一の肉親のような気分でいつのまにか付き合っていた。そんなアルと僕には秘密がある。一通り感想を言い合った後、アルは近くにあったポスターを指差した。

「なあ、明日もここくる?これ観たいな。」

それがいつもの合図だった。

「…いいよ。」

了承をすればアルは愛想よく笑みを作った。

「明日11時にここに集合な!」

その言葉に頷けばアルは嬉しそうに笑みを作って僕の頭を撫でた。そして僕たちは別れた。

 この映画館には地下倉庫があることを最近アルに教えてもらった。そこにも映写機があって僕たちはたまに忍び込んでは映画を観た。ただ、明日の夜の約束は少しだけ虚しい。0時を過ぎれば僕の誕生日だがアルは知らない。一度は仄めかしたが興味のない返答でそのまま流された。期待はしていないけれども誘われた時は思わず期待してしまった。それがたまらなく恥ずかしい。

次の日、地下倉庫に忍び込めば、ツンと鼻につく臭いがした。いつもはこんな臭いはしない。先にいたアルと軽い会話をした後、アルが見つけた映画をみたがその映画は30分足らずで終了した。観終わった感想はため息とともに「微妙。」という言葉がお互いの口から洩れていた。

「一応ホラーだし、ここで見たら怖いかもって思ったんだけどだめだな。ここ、倉庫っていっても映写機と椅子しかねぇし…後、本に何だこの変なトロフィー。」

アルが部屋をうろつきながら変な形をしたトロフィーを手にとって訝しげにそれを眺めた。

「それ何のトロフィー?」

僕が聞くと、アルは「あー、読めない…けど映画賞って書いてる。案外重いな、コレ。」といって僕にトロフィーを渡した。ずしりと鈍い重みを伴うそのトロフィーに僕は苦笑いを浮かべながら元の場所に置いた。僕が置いた後もアルはまだ色々なものを物色している。その中でまた映画の話に戻った。

「そういえばこの映画って主人公あっけなく死んだよな。」

「あぁ、粗末な計画殺人に巻き込まれてな。」

「この映画誰とったんだろうな。俺だってもっとマシなの思いつく。」

物色をやめてアルは腕を組んで小難しい顔をした。それが演技過剰で笑いを誘う。

「例えば?」

興味はなかったが、笑うだけでは哀れだと僕が聞けば更に小難しい顔をした。

「あー…とりあえず俺は計画なんてしない。」

「それじゃ計画殺人じゃないだろ。」

「だよな。じゃあ、とりあえず主役を睡眠薬で眠らせて密室に閉じ込めて鈍器で一発!」

「それじゃあの映画と一緒だよ。」

「マジ?だってさぁ、お前突然例えば?なんていうから!しかもあの映画この状況と似てるし!」

責任転嫁を受け、呆れたように僕が鼻を鳴らせばむきになって似たような言い訳を繰り返した。「はいはい」と聞き流しながらも。確かに、アルの言うとおりだ。何もない、地下倉庫。階段の鍵を閉めれば密室になる。映画と少し雰囲気も似ていた。しかしこの男と二人でいてもさほど緊張感が漂わなかった。

 アルは言い訳をやめて不意に時計を指差した。

「あ、もうすぐ15分前だな、ちょっとジュースでも飲んでて待ってて!」

「あ、おい!」唐突にそう言い残してアルは慌てて出て行った。あまりにも慌てたようだったからその様子に僕はまた虚しい期待してしまった。

もしかして、誕生日を祝ってくれるのだろうか、と。そんなはずないと思いながらも、僕は心のどこかで期待しているのだ。今日だって、両親は子どもを置いて仕事だ。明日だって家には誰もいない。そんな考えが頭を過ると少しばかり気分が落ちた。だから紛らわそうとアルが用意したジュースを飲んだ。その後、地下倉庫を何かないかと辺りを歩き回った。中央には映写機、その前には僕たちが座っていた椅子。壁に備え付けられる形で両サイドに棚があり、後ろは階段だった。退屈な地下倉庫に思わず眠気が俺を襲う。しかし僕が棚にひじをおいたとき、違和感に目を見開いた。