教師は黙ったまま、何も言わなかった。
牧師はそんな教師をじっと見つめていた。
雨音が少し収まってきた。
無音の空間が、教師の表情をさらに曇らせた。
「いいんですよ、言わなくても。何も変わらないんですから。」
牧師が、口を開くと教師は顔を上げた。
すると牧師は残念だと肩をすくめて頭をかいた。
「久々に不思議な気分を味わいましたよ。だって、嘘ばかり
つくんですからね。これ以上聞き出したって、きっと嘘なんじゃないかって
思ってしまいますね。」
真実なんて、話す気などはないのだろうと牧師の視線はそう訴えるように
教師をみる。
「都合が良かったからだ。」
ぽつりとばつが悪そうに教師は牧師を見た。
「え?」
その瞬間、教師は牧師の身体をベッドに押さえつけた。
「いくら牧師さんがいろんなことを言っても、結果は変わらない。」
「貴方のことは、やっぱりわからないですね。」
「俺が一番恐れているの、何かわかる?」
「さあ?」
「あんたがKを殺したと吹聴されることだ。どうにかして、俺が
殺したことにしたかった。」
「でもできなかった。」
「違う、あんただって…出来ちゃいない。」
そういうと、教師は軽く牧師の首に手をかけた。
あまり、牧師はその行為に驚いてはいなかった。
ただ口から冷静な言葉が出ていた。
「殺したかった、という言葉がお互い正しいんでしょうか。」
「あんたはKを殺したかった。俺はKを守りたかった。それが正しいよ。」
「本当、話を聞くうちになんとなくは理解していたよ。まあ、まさか僕が
死ぬかもしれないなんて思ってもみませんでしたが。」
相変わらず、抵抗することもなく冗談めいた口調と共にゆとりのあるのか口角を上げて
目はしっかりと教師を捉えていた。
教師はといえば、はぁとため息混じりに淡々と過去を遡る。
「牧師さんは、殺せなかった。Kを、」
淡々とした口調で、
「えぇ。ただ殺したことにして欲しかったんですよね。
貴方が殺したといったとき、少し嬉しかったんですよ?」
「でも、それも違うと知った。」
「えぇ。最初は軽はずみに自分も殺したといいました。
嘘をついて、あの時のことを話せばすぐに顔色を変えるでしょうと知っていましたから。」
「俺たちは前にも会っていた。」
「Kの病室で、ですね。」
「聞いていたんだろう?全て。」
「えぇ、聴いていました。でも、貴方が殺したというまで声を聞いてもピンと来ませんでした。
顔も、見ませんでしたから。」
「本当、どこまで偶然が揃えばいいんだか。」
「運命ですね。」
「最悪だ。」
そういうと、首に添えられていた手を教師はどけた。
そして立ち上がって窓のほうを見る。
雨はいつのまにか止んでいた。
「Kは、死んでいない。生きている。」
「へえ。」
牧師の声は、どこか気だるそうで先ほどまでの覇気が無かった。
それは教師の言葉を信じていないことを伝えるかのようにも感じられた。
「牧師さんは、その話を聞いていたんだろう。」
「えぇ、まあ。もう1人がKを攫うとかなんとか。」
「俺はKを恋人から救ってやりたかっただけだ。いや、違うな…俺がKの恋人を所有したかった。
俺だけを見てほしくて。あいつ、Kのこととなると本当に気が狂ったかのような対応だった。」
昔を懐かしむように、かみしめながら教師は喋った。
「というと?」
「…Kの言う<恋人>は俺の恋人なんだ。あんたの町じゃ、名前を言わないんだろ。<恋人>という関係性で
会話をしていただけだ。俺は町の人間じゃなかったから…なかなか会えなかった。そう、俺は常に部外者だった。」
教師は悲しそうにうつむいて、深いため息をついた。
そして重々しい空気をまといながら、間を開けて口を開く。
「結局、Kから引き離すことに一度は成功したが、すぐにまたおかしくなって
だから死んだことにしたかった。殺人、それが一番おさまりのいい結末だった。」
「なるほど、貴方の<恋人>ですか。Kとは恋人同士ではなかったんですか。」
「違うな。正確に言えば<恋人>もあの町の人間じゃなかった。俺と同じ町で銀行員をしていて
普通に付き合っていた。ただ、Kとは生き別れの姉弟だったってことだ。」
「初耳です。」
「Kのことを、恋人は愛そうとした。弟が欲しかったから、真実を知って嬉しかったといってな。
俺は単純だからそれはとても喜ばしいことだと…思っていた。」
「でも違ったんですか。」
「…異常だった。何で、離れ離れになったのか…俺がそれを知るには遅すぎたんだ。」
雨は完全にやんだ。
光が窓から差し込むが部屋は暗いまま。
それ以降、教師は俯いて口を閉ざした。
<名前>