「お姉さんでしたかあ…。Kは知らなかったんですね。」
牧師はやんわりとした口調で訊ねながら、教師の横に座り慰めるように背中をさすった。
教師は、ゆっくりと頷いた。
「Kは、お姉さん好いていましたよ。それは貴方の<恋人>だからですか?」
「わからない。俺も気になって町に遊びに行ってKに会って、喜ぶ<恋人>を見て…姉弟は一緒にいないと
だめだなあなんて思っていたよ。ただKには姉であることを隠したんだ。親にバレたくなかったのだろう。」
「【この人の<恋人>なの。】と、彼女は言った。だから<恋人>だ。俺は<先生>と言われた。
まだ先生にもなってないのにな。」
「やっぱり、貴方が嘘つきじゃないですか。」
「あんたはKの親友だったな。まさかこんなところで会うなんて…。」
「正直なんですよ、牧師ですから。」
「どうだか。」
「でも、あの町に来るなんて本当に珍しいことですね。」
「運がよかったんだ。いや、悪かった。」
「?」
「…日に日に、あいつはKのことしか考えなくなって、いつのまにか隣町に頻繁に出向くようになった。
そのころから既に、合併…町が消えるという話が進んでいるころだ。いろんな人間が来ていた。
隣町から部外者がきたところで珍しい光景ではなかったのだろう。」
「ですね。」
「Kを見る目が、弟としてではないと知るには遅すぎた。俺はいつまでも<恋人>を想っていたが
いつのまにか<恋人>は、俺ではなかったのかもしれない。」
言いにくそうに、認めたくないように、誤魔化しながら教師は喋るがひとり言のようにも思えた。
「Kはおかしくなんか無かった。ただ、あいつを保護したくてマルディーヌの病院を提案したのは俺だ。
喋ったこと、これは本当で…<恋人>はKを殺そうとしたから…保護したかった。」
「それでKは僕の前から姿を消した。」
「<恋人>…彼女はKが消えて気が狂った。いなくなれば、落ち着くかと…距離を置けば元に戻るのでは
なんて考えは甘かったんだ。」
そういった教師の顔色はみるみる悪くなり、汗ばんだ手でシーツを強く掴んだ。
「俺は、このままだと、病院にいることがわかって今度こそKが死んでしまう…<恋人>が殺人鬼に
なってしまうことを恐れたんだ。で、ここの前主人に言われた。殺したことにしよう…と。」
「何故ここの主人が?」
「顔見知り、それだけだ。ただその主人が元住人で、俺はそこでその町について聞いてしばらく
その町の住人であったということにしようと思った。もし、殺人をしたとき俺が住人のような振る舞いを
したらより信憑性が生まれるかと…思ったから。」
語尾は弱まり、教師は悔しそうに唇を噛む。
「ここの主人は、Kをマルディーヌから退院させてしばらくここで面倒をみてやると…っ。」
そこまでいうと教師の言葉は途絶えた。
「どうしましたか。」
冷静な声が教師の耳元を掠める。
「…主人は死んだんだろう?Kはどこにいるんだ。約束はしたが今日、Kの墓地で待ち合わせようと。
だがKにわかるはずがない。…132号室は開かれている。もしもいないのならばKは一人では生きられないから
俺が殺したのも同然だ。嘘は…言っていない。だが、牧師さんがわからない。」
視線を牧師に向けて、目を細める。
牧師は肩をすくめて愛想のいい笑みを浮かべた。
「だからいっているでしょう?」と、声を弾ませる。
「何が。」
「人を殺したと言ったじゃないですか。」
冷静な声で牧師は言うが教師は首をかしげたまま眉を顰めた。
「でも、最初の説明じゃ…それにあれは<恋人>を知る俺を嵌めようと…。」
「確かに、僕は<恋人>を知りたいというのは本当です。」
「Kの居場所を知っているのか?」
「えぇ、墓に眠っています。」
「だからっ…!」
教師が身を乗り出して言葉を発すると同時に、かぶせるようにして牧師は
話し始めた。
「今日はね、墓参りしようと思ったんですよ。
雨が降らなければ先生にも会うことなかったでしょうに。」
「嘘だよな…?」
「僕は貴方の計画を聞いて、Kがいなくなるということを知りました。楽しそうなあの談笑は
恋人同士の逃避行話だと思っていましたよ。同性なのは知っていましたが、あまりにも会話が自然で。」
「でも違った。」
「僕はKが大好きでした。でも、それ以上に僕の欲求を受け止めてくれるんじゃないかって
思ったんですよね。彼なら僕を説明しようなんて思わないから。」
「何を…?」
「人を殺したかった、子供じみた理由でしょう?学校を卒業したら、殺す予定だったんです。
理由なんて、ありませんよ。ただの欲求です。」
「何をいっているんだ…?」
「面倒だと感じたのは<恋人>でした。僕は結局Kの言う<恋人>を見ることはありませんでしたが
もしかしたらバレていたのかもしれませんね。」
「そんな…ことありえない。」
「ありえました。ここの主人も僕が殺したんですから。」
さらりと吐かれた言葉に教師の体は硬直した。
「なっ…。」
「Kを殺した後、見つかって…バレそうだったのでね。」
殺すつもりはなかった、と申し訳なさそうに肩をすくめて牧師は笑みを作った。
「あんな可愛いお子さんがいるなんてね。あの子も殺したほうが幸せですかね?」
笑顔を崩すことなく、平然と言ってのける。
教師は目の前の人物に激しい嫌悪を感じたがそのはけ口は見つからない。
ただ、ぐっと言葉を抑えて牧師を睨む。
「しませんよ。本当にKの墓参りに行った後は警察に行く予定ですから。
同じ殺人を犯した者同士、これから墓参りしましょうか?」
「俺は…殺していない…。」
「行きたかったのは墓参りではなく警察なんでしょう?彼女の眼を覚まさせるために。」
「…何故なんだ?」
「何がですか?」
「逮捕…されたいみたいだ。殺したい欲求を抱えるお前が自首なんて理解ができない。」
「貴方に理解できる人間なんてこの世に誰もいないじゃないですか?」
「っ…。」
「朝ですよ。ああ、ここの主人殺しは黙っておいてくださいね。」
「いつかはバレる。」
「貴方がいう必要はありません。」
そういって言葉を切った。
牧師は立ちあがり窓を開けると風が重々しい空気が掃われるように吹いた。
「良い天気ですね。雨は嫌いなんですけど、雨上がりの空って好きなんですよね。」
浮かべる笑みに変わりはないが牧師の口調は先ほどよりも機嫌よさそうに弾ませていた。
「でも、貴方と色々とおしゃべりができたので雨も嫌いじゃないかもしれません。
貴方に会うことは偶然だったんですかね?それとも必然なんでしょうか。」
「どっちのほうがいい?」
「必然。」
そういったときの牧師に笑みはなかった。
教師はその答えに黙った。
「それでは、僕は墓参りに向かうので失礼します。」
牧師はそういいながら解かれていない荷物を持って、ドアをに進む。
教師は会うことはないであろう牧師の背をみているだけだった。
教師は、墓参りに行くことなく自宅へ帰ることを選んだ。
変わるはずだった人生も結局は何気ない日常の始まりに逆戻り。
数週間後、教師は自宅に戻り新聞の小さい記事に見知った殺人鬼のことが書かれていた。
「…あっ…。」
教師はその小さい記事を食い入るようにみた。
「同じ…名前…」
偶然は続いていた。
教師は新聞に躍る名前を見ながら起こり得たもう一つの現実を直視した気分を味わった。
end