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ありえない。あってはいけない。
そんなこと、ありえない。
静まり返る部屋、落ち着きなく手を擦り合わせて教師はため息をついた。
「・・・俺の負けだ。」
潔く敗けを認めるが実際のところゲームの勝敗なんて問題ではないと
教師は思っていた。牧師もきっとそうだろうと思って牧師を見上げれば
満面の笑みを浮かべていた。
「あははっ僕の勝ちですね。」
笑いながら、この状況を楽しんでいるように感じ、教師は少なからず
不愉快な気分になってぶっきらぼうにこう言った。
「誰なんだ、お前は・・・。」
「誰?牧師ですよ。」
「いや違う・・・名前、何者なんだ・・・親友は、誰なんだ・・・。」
「親友の名前?あの子、名前がなかったんですよ。
だから自分が好きなアルファベットをつけていましたよ。K、とそうやって名乗りましたよ。」
冷たい声で、冷淡な表情で牧師は言った。
「知ってる・・・よ、K。やっぱりか、でもKに親友なんて初耳だ。Kと知り合いなんて・・・
俺は知らない、誰なんだよ。お前は嘘を言ってる。」
教師は出来るだけ平静を装うとするが声は震え、不安を牧師に伝えるだけだった。
牧師は相変わらず、全てを話したという満足感からか機嫌がよく笑顔を絶やさずに
教師の顔を上から覗き込んで話しかける。
「あははっ聞かれると教えたくなくなりますね。」
日常会話のような軽快な答え、殺人の話なんて思えないほどの明るさで牧師は言う。
「ありえない・・・でっちあげだ・・・。」
「でっちあげと言うには根拠があるのでしょうね。」
あまりにも教師が鬱々とした答えばかりに笑顔は途絶えた。
牧師の声に抑揚はなく、ただただ教師を眺めている。
教師は、真っ直ぐな視線を受け止める訳でもなくただただ俯いて口を閉ざす。
その様子に肩を竦めて牧師は言う
「罰ゲームじゃないですかね。」
声の調子が先程のように少しだけ楽しそうにあがった。
「なっ・・・ゲームに興味ないはずだろ・・・。」
教師は不服そうな顔でやっと牧師の顔を見上げた。それに満足したのか、楽しそうに牧師は口を開いた。
「でも勝った人間が決めますともいいましたね?」
そう切り出せばすぐに記憶が繋がったのか声を詰まらせた。
そして諦めたように全身を脱力させてされど目だけは牧師を睨み付ける。
「睨んだって怖くないですよ、先生。」
笑いながら牧師が言って再び、向かいののベッドに戻る。
ぎしりとスプリングが響く音がしたと思えば2人は向かい合わせになる。
「・・・罰ゲームはこうしましょう。僕の質問には正直に答える。嘘はだめですよ。
僕はとっても怖い殺人鬼なんですから、何をするかわかりません。」
「・・・ゲームなんて、軽々しい問題じゃない。もっと真剣に・・・」
「じゃぁ、ゲームとは言わず力で貴方を押さえつけ無理やり僕の望む答えを作りましょうか?
それはそれで楽しそうですね。そう、ゲームなんてどうだっていいんです。」
笑いながら牧師は告白前と同じ台詞を言うが、今回は脅迫に近い台詞だった。
「わかりますか?貴方は少し、よくわからないことを言ってるんです。」
優しげな口調だが全く伝わらない。
「わからない。牧師さん、変なのは貴方だ。そんな理由で・・・人は殺さない・・・。」
「そんな?」
「くだらない、結局はその親友にとってあんたは親友でも何でもないってそれだけじゃないか。
ショックだろうがそんなことで・・・」
「崇高な目的をもった殺人なんてありませんよ。結局、殺人は存在否定に他なりません。
それとも、貴方はご立派な理由があると?」
牧師が言うと、教師ははぁと深くため息をついた。
「ない。もっと弱い理由だ。なぁ、牧師さんは警察には行かないんだよな。」
「いきますよ。私なりの償いを、全てを終えたら、法に裁かれます。」
「牧師さん、じゃぁ俺にその罪をなすりつけて。俺が罪を被るよ。」
「殺人を否定する言葉ですか?」
「違う、同じ人間をあの時間に殺すなんて不可能だ。だが、
どちらも殺したと言うと牧師さんは嘘をついていることになる。
理由はわからないが、それじゃ駄目なんだ。何故、俺を追い詰める?」
「・・・僕は、貴方を追い詰めてますか?」
酷く傷ついたと言わんばかりに唇の端をあげる。
「追い詰めてるよ、俺は墓参りして警察に・・・」
「聞かせてください。貴方とKの関係を。恋人ですか、貴方が。
そういえば食事の席で言ってましたよね、恋人って。貴方がKの恋人なら
あははっ、僕はとんだ相手に嫉妬をしていたわけだ。」
失望したと言わんばかりの台詞に教師は顔を歪めた。そして小さな声でこう話し始めた。
「・・・Kとは仲が良かった。友達だ。恋人じゃない、ただ恋人の名前を知ってる。
顔は知らないけど・・・、聞けよ。これが真実だ。お前が人を殺すはずがない。」
そう教師が言い切ると牧師は楽しそうに顔を綻ばせながらこう言った。
「嘘だったら、罰ゲームですよ。」
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