僕がそういうと、先生は驚いた顔をしていた。
常に冷静なイメージのせいか先程からころころと変わる変化が面白い。
「・・・冗談だろ。」
「先生は冗談で人を殺したと言いますか?」
僕がそう言えば先生は黙って俯いた。

なんだか隣にいる先生の身体が一回り小さくなったような印象を受ける。

不安そうな表情でたまに僕を見る先生に思わずふざけた台詞を言ってからかいたくなった。
「僕がもっと幼かったら、運命なんて言葉を信じてしまうかも知れませんね。

会うことが必然のようなそんな気がしません?」
僕はわざと先生に近づいて逃げられないように肩をつかんで耳元で言うと

嫌悪感だけを全面的に押し出して無理やり体を押し退けられた。
「すみません、ふざけ過ぎましたね。」
「牧師さんは・・・今ならこの偶然にどんな名前をつけるんだ?」
からかったようなあの台詞からこんな台詞が返ってくるなんて思わなかったので驚いた。

「簡単、偶然ですよ。」
にこりと笑みを浮かべれば拍子抜けしたような表情が返ってきた。
「・・・そうか。」
「ねえ先生、先生は、誰を殺したんですか?」
直接的な言葉に先生の肩は震えた。

その様子を見ればすぐに先生がいかにこの罪を重く考えているのかわかる。

先生が何を考えているのかわからず、ただ次の言葉を僕は待つことにした。
「俺は牧師さんが誰を殺したのか気になる・・・。」
これは憶測に過ぎませんが先生はこの偶然を僕が作り出しているように
考えているのかもしれません。

それはこちらとしてはあまり嬉しい反応ではないのでふうとため息が漏れた。
「一つ、ゲームをしましょう。」
「は?」

呆けた顔がこちらを向いた。
「僕が罪の告白をする。何故?どうやって?どこで?全てお話ししましょう。」

「はぁ。」
「先生はその話を聞いて僕に関心を持って名前を尋ねれば先生の負けです。

でも、その話を聞いて何も感じなければ先生の勝ちです。簡単でしょう?」
「負けたら何かあるのか?」
「勝った人が決めましょう。僕はゲームなんて本当はどうだっていいんです。

でもその方が気は紛れるでしょう?

もう僕たちは先生同士ではなく、殺人鬼同士の血生臭い会話なのですから。」
「・・・何だか、牧師さんは何とも思っていない気がして怖いよ。
終わったら一緒に警察にでも行くかい?」

「負けたら行きましょう。」
「楽しそうだな。」
「同じ境遇にいる人間が、こうまでしてうちひしがれていれば、思いの外気分が軽くなりました。

それだけです。」

「・・・そういうものなのかな。」

「えぇ。じゃあ、お話しましょうか、先生?」

僕はそういって先生に笑いかけた。

 

 

「僕が殺したのは、親友ですよ。マルディーヌの墓に眠らせました。」

平然と、日常の行事のような単調な言い方で僕はこの話を始めた。

懐かしさがこみ上げてくる、雨が降らなければもっと冷静でいられるのに。

 

「親友は、少し実年齢よりも知能が遅れていました。身体の発達は一般とは変わらないのですが

精神的なものは人よりも遅れていました。だから、普通の人とは言い難かった。でも、純粋で

何より自分のことよりも他人のことが大好きで、誰でも信じていました。」

 

「僕も、親友にはすごく励まされて本当に気がつけば依存してしまいました。」

 

「僕は、結局のところ、神学校にはあまり馴染めていなかったのでよく抜け出しては

親友のところに遊びに行きました。嫌なことがあったときとかは特に。

いつでも、あの人だけが僕を信じて受け入れてくれたんです。

例えその言葉の意味がわかっていなかったとしても、僕は満足しました。」

 

「親友は、ずっと僕のことを<先生>と呼んでいました。まだ牧師でもないのに・・・

何かを教えているわけでもなくそう呼ばれていたので何だかくすぐったかったです。」

 

「僕たちはずっと、親友でした。でも、親友という言葉でさえあの人の前では無効でした。

本当にわかっているのかわかっていないのか・・・僕がどれほど、心から大切にしていると

言葉で、行動で示しても結局のところあの人にとって僕はただの<先生>でした。」

 

「でもそれでも、良かったんです。いつまでも先生であり続けるならそれはそれで。

それだけ僕は親友に助けられたのですからね。」

 

「ただ・・・僕の知らない間に親友に<恋人>ができました。そう、告白されました。

嬉しそうに、その意味がわかっていたんでしょうか・・・よくわからなかったのですが

とにかく喜ぶ親友に僕はおめでとうとしか言えませんでした。」

 

「気になりましたが、出歩ける時間が僕には少なかったので<恋人>がどんな奴なのか

全くわかりませんでした。手がかりもなく、ただただ嬉しそうに<恋人>について話す親友を

みるだけです。どんな人かと尋ねても<恋人>としか言わないのですから、それ以上は聞けません。」

 

「僕はうれしかったんです。いつだって僕に安心感を与えてくれる親友がこんなに嬉しそうな表情で

<恋人>について喋る姿をみると僕も幸せになりました。だから、お礼を言いたかったんです。

親友をこんなにも幸せにした<恋人>が誰なのか、一体どんな方なのか。」

 

僕がそこまでいうと、先生の顔色は悪かった。

辛そうで、とても気分が悪そうで見ているのが

嫌になるぐらいだった。

 

「お話、やめますか?」

「・・・親友の名前を聞くのは反則か。」

低い声で、ぼそりと先生は言った。

 

「ふふっ・・・まだ言えません。

もっとよく、僕の親友のことを考えていてくださいね。」

 

僕がそう笑うと先生はこくりと小さく頷いた。

勝敗