一級の詐欺師というものは姿かたちはもとより中身も何もかも作り物のようだ。
実態がない、といってもいい。
実際、俺だってあいつが本物なのかよくわからないときた。
しかし詐欺容疑ではさすがに死刑にはならない。
俺が勝手に、詐欺師だとのたうちまわっているだけで誰も取り合ってくれない。
あの男は人を殺して処刑されたのだ。
ただ俺が殺しておいて言うのも何だがやっぱり腑に落ちなかった。
処刑を言い渡された時からこの違和感を抱えていた。
死ぬ前までにこの違和感を確かめようとその男について
資料を読み込んだりしたわけだが俺の疑問に答えてくれる資料も、人もいなかった。
ただ騙された人間は「青い舌を持つ男」と言っていた。二枚舌、三枚舌ならわかるが何故?
その問いは、あいつと喋ってすぐに解決した。
比喩ではなく、本当に舌が青かったというだけ。
そいつは常に舌が青くなるような飴を舐めていたから、舌に色がついたらしい。
男の名前は、トト・ギャント。しかしこの名前も嘘っぽく見える。
戸籍上の名前だが、俺はこの男の戸籍すらも怪しく見えた。
トトは男を5人殺した。
しかし、4人は見つかっていない。
見つかった一人は世間を騒がす連続殺人犯とおぼしき人物だ。
この国を恐怖のどん底に陥れた殺人鬼、トトが殺してからぴたりと殺人はおきなかった。
「俺は連続殺人犯のストーカーなんです。彼ったら俺がこんなに想っているのに
逃げるから…たくさんの人を殺しておいて俺だけは殺してくれなかった。悔しいね。」
独房の中で、俺に冗談めいた口調で、淡々と喋るトトの言葉に舌打ちをしたのを覚えている。
トトは、「計画」に固執していた。
予定が狂わされることが何よりも許せない、少々神経質な男だったが普段はそんな素振りをまるで見せない。
とにかく、トトについて遡って人生を見ていかねばならない、死刑が確定したとき俺は
使命感に駆られていた。
トトの資料は膨大だった。
実業家の父を持ち、何かの美人コンテストで優勝した母を持つトトは、
それはそれは整った顔立ちで頭のよさそうな雰囲気を漂わせていた。
トト自身、本当に優秀だったようで国一番の大学を首席で卒業、大手の企業に勤務するなど、
エリート街道まっしぐらだった。彼女だって何人もいた。
母親はトトを存分に甘やかし、父もまた何でもできる器用なトトには甘かった。
何でも言うことを聞いてもらったとあるが、甘やかされて育ったというのは少し違うだろう。
トトは何一つ欲しがらなかった。限りになく、無欲だった。
欲しいものが思いつかないないほどに物に溢れていたのかもしれないけれどね。
甘やかす親を嫌悪してか、大学はあえて寮を選んで入るほど、両親とはどことなく距離感があった。
トトは何不自由ない生活を送っていたが、満たされてはいなかった。
頭に入れた知識たちを持て余し、何をすべきなのかわからずにいた。
トトは昔から誰に対しても「良い子」であった。
それは最初の「騙し」だったのだろう。
そんな良い子も、何度か暴力事件を起こしていた。
その理由は、友人が待ち合わせに五分遅刻したから。
怒りが静まるまで友人を殴ったことがある。しかし彼の容姿と経歴をみてそんなのものは
ただの噂だと信じない奴だって多い。
だが実際は一度ではない、何度もあってその何度目かでついに警察に呼ばれたのだ。
善良を装った男が何故暴力をふるったのかと言えば少なからず
彼をみた誰かが「優等生すぎる」となじったのだろうと予測がついた。
何故って、刑務所にいた時も似たような理由で予想外のことをしでかしたのだから。
彼は刑務所でも人を二人殺した。事実には違いないが、数名が彼をかばった。
不思議なことだが、こちらも事実で俺以外は後者を信じて彼は獄中では人殺しの罪はない。
トトは良い子の演技も上手だったが、その逆も上手だった。
どちらが本当の顔なのか、俺にはよくわからない。
それでも、よくわからないばかりでは楽しくないから少しだけわかろうと俺は何度も資料に目を通した。
何年間か会社勤めをした後、トトは父に勧められるがままに結婚も果たしていたそうだ。
全てが順調であるが、それはトトが順調だったのではなく<両親>が、である。
孫の顔でもみてあの両親たちはきっと多くの人間に看取られて死ぬのだ。
トトも花嫁も両親たちにとってはただの飾りにすぎないのだ。
そのことをトトは早くから知っていた。
だから結婚も承諾し子どもも授かった。
全てが順調だ、主に両親が。
それから一年後。
両親はあっけなく心臓病で二人一緒に仲良く病院で他界した。
それから間もなくして、妻と子供も死んだんだ。
残されたのはトト・ギャント。
一年間でトトの身うちは全員死んだ。
不審な死というわけではないのでそれが殺人と繋がったわけではなかった。
一人残されたトト、ぼんやりと一人で住むには広すぎる部屋から出て行って
小さな家を買った。
そこから、トト・ギャントという男の本性のようなものがやっと見えてくるようになる。