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ラナグース卿は相変わらずの無能さでモギィーを愛し続けていたが、彼の執事はモギィーを良かれとは思っていなかった。
玩具を取り上げるのは大人の務めといわんばかりに薄汚いモギィーをいかにしてラナグース卿から離してやろうかと
常日頃脳内で思案していた。
執事は贔屓の理髪店の主人にため息を漏らした。
「どうしたらいい?」と。
理髪店の主人はそれじゃあ殺せばいいじゃないかと冗談っぽくいって執事の髪を整える。
「殺すだなんて!」
と、執事は思わず反発すると「これだから真面目は」と軽く一蹴する理髪店の主人。
そう、執事は生真面目で有名。ただの真面目ではない、何事も真っ直ぐしか許せない差別主義者といえば一番
しっくりくるだろう。
理髪店の主人とは、昔からの顔なじみで付き合いも長かったがどうにも執事はこの人を小ばかにする性格が
許せなかった。それもただの一瞬の苛立ちだ。常に続くわけではない。
そんな安易な感情から、執事はあることを思いついたのだ。
ニヤニヤと執事が笑うと理髪店の主人は「気味が悪いな」と酷く軽蔑した眼差しを向けた。
執事は、ラナグース卿が簡単な行事に参加するのを狙ってモギィーの家へ訪れた。
知らない人間がきたとモギィーは驚いた。
執事があからさまに軽蔑した眼差しを向けるのでモギィーは萎縮して隅に縮こまりながら
執事を見ていた。
「貴方に頼みがある。その髪であの方に会っているなど私には耐えられない。
あの方が帰ってくるまでに理髪店で髪をきっておきなさい。」
静かに執事は言うと、必要なだけの金、それから地図をモギィーに投げつけた。
モギィーは意味がわからなかったが、行けといわれたのだからと行くしかなかった。
ラナグース卿は独占欲は強かったが部屋に鍵をかけてまで、などとはしなかった。
モギィーがそのようなことをしないということは誰だってわかるからね。
というわけで、執事に促されるままに理髪店へと出向いたモギィー。
階段を上ってドアを開けて、髪をきって帰る。
頭の中では綺麗になった自分をラナグース卿はどう思うかな、なんてふわふわした
感情を思い浮かべながら。
階段をのぼる、ドアを開ける…そして理髪店の主人がいるはずなのだがそこには
誰も居なかった。
おかしいと思いながらもほとんど外にでたことがないモギィーは勝手がわからず
うろうろとさ迷った。
どうしていいのかわからず、たまたま出しっぱなしにしてあったハサミを手にとって
自分で髪をきって帰ろうと思い立った。
ひとまず、ぼさぼさな髪をなだめるようにハサミをいれようとすると
ガチャリと、扉が開く音がした。
主人が帰ってきたと、モギィーは思って振り返るとそこにはモギィーと同じ目的
であろう客人が1人立っていた。
それもはじめてらしく、モギィーをみてすぐさま「髪を切ってくれ。」と理髪店の主人だと
勘違いしてどかっと無愛想に椅子に座る。
言われた意味はわかるが、ここの主人ではないモギィーはやばり困惑したが
そこでも「違う」という言葉がでてこなかった。
思わずモギィーの口から出た言葉は「喜んで」。
仕方なく、適当に髭をそり、髪を切る。
案外、ハサミできるだけの髪もなかったせいか整えるだけ。
客は満足も不満ももらさずに金を置いて帰っていった。
モギィーは安堵して、自分も髪を切ろうとハサミを自分の髪に置くと
また扉が開く音がした。
今度こそ、そこの主人かと思いきや今度は小さな小さな女の子。
1人で髪を切りにきたんだ偉いでしょ、といいながら女の子は
大人っぽく椅子に座る。
急かすように髪を切れといわれ長い髪の毛のハサミをいれる。
「切ってちょうだい」と言われたら「喜んで」とモギィーは答えるだけなのだ。
それでもモギィーはプロではない。やはりうまく切るのは難しい。
終わりの見えない散髪に、思わず少女は「もういい!」と言葉を発した。
まだ途中だったが少女は怒って「へたくそ!」といいながら帰っていく。
それをみて少しほっとしたモギィー。
床にばらまかれている金色の髪を拾いながら、また人がきたらどうしようかと
思ってやっとハサミをおいてでる決意をしたわけだ。
まあ、遅いよね。髪なんて切ってる場合かよといいたくなるがそこがモギィーだ。
ただ、もう時はモギィーを待たなかった。
執事はモギィーを罠にかけた。明白な事実だがここだけは語られていない真実。
三度目のドアの開く音。
数名の警察官。
酷く煩いパトカーの音。
モギィーは理髪店の主人を殺した罪で逮捕、ずさんな捜査で証拠を適当にでっちあげて
犯人に仕立て上げた。なんだか次々とあげられる罪状には民警の暇さも感じた。
そしてあれよあれよというまに死刑を言い渡されたわけだ。
あっけない最期。あっけないどころじゃない、本当に早いものだ。
処刑前日ですら、モギィーは他の囚人とは違った。
「何か祈ることは?」といえば
「好きだよ。」とわけのわからないことをいっていた。
処刑方法は首を取る、鎌でざっくりと人の手で。
見せしめのように刈るのだ。
処刑はたくさんの人を集める、言わば娯楽だ。
そこにはラナグース卿がいたのかはわからない。
何故助けなかったのか、きっとモギィーに飽きたのだろう。
それか執事にいいくるめられたかのどちらかだ。
処刑当日の朝、処刑人がいうわけだ。
「最後の言葉は?何かいっておきたいことは?あんたの人生、これで終わっちゃうんだけど?」
モギィーは相変わらずのぼんやりと無気力に笑う。
きっと、初めて文章になった言葉だろうと思う。
モギィーはこういった。
「何故ここにいるのか、わからない。」
おかしな男だった。最初から、少ない言動、眠そうな顔、明かされるのは偽りだらけの罪状。
文句1つ言わない、言えない、馬鹿な奴だった。
だから不幸だなんてモギィーはこれっぽっちも思っていないかもしれない。
小さい世界で受け入れるだけ受け入れたのだから。
首はその日のうちに回収し、墓とも言い難いゴミ処理場へ身体とともに送られた。
それでモギィーの生涯はおわり。
つまらない?それは体験してないからだよ。
モギィーは変な奴だったが悪い奴ではなかった。
俺は仕方がないからそいつのために墓をたててやりたいって思ってる。
まあ死体はないから空っぽだけど、安い石を積んでやって気が向いたら花を植えてやろうかなって。
そう思って十年、まだ何もしてないんだけどね。