「貴方のほうが大事だから。」
そういった後、モリアは言葉を詰まらせた。
「・・・冗談。」
「すみません、敏感になってるんですね。大切だとか好きだとか。」
苦笑しながら医者は居づらそうにドアに目をやり頭をかいた。
「いや・・・何か・・・俺のこと、苦手だろう?最初から、思ってて気になって。」
本音を隠しきれずに、今にも帰りそうな医者を引き留めるようにモリアは手を伸ばして白衣を掴んだ。
「別にそんなつもりはないですがね。」
苦笑しながら振り返って優しく頭を撫でた。
するとモリアは浮かない顔のまま小声でこういった。
「・・・俺、そういうのに敏感なんだ。」
「じゃぁ、こういったほうがいい。僕は人と付き合うのが苦手です。・・・だからじゃないですか?」
「医者なのに?」
「僕にとってモリアは大勢の中の1人と同じ付き合い方です。」
「その他大勢と俺は同列ってわけ。」
「気に障りましたか?でもよくわかったでしょう、苦手なんです。」
「じゃぁ、話しは早い。」「は?」
「医者の家に怪我が治るまででいいから住まわせて。」
「嫌です。」
予想を裏切らない即答にモリアは苦笑しながら「そう言わず。」と言った。
医者は即答したにも関わらずすぐに別の提案を始めた。
「ただ、空き部屋があります。隣人がしばらく出掛けるそうで誰かに住んで貰った方が有難いといっていたので・・・」
「お前のとこがいい。医者の家。」
子供じみた我が儘に医者はため息をついた。
「甘えたな人間でしたかね。」
「あいつはきっと同じ時間に来る。怪我が治るまででいい、いいだろう?じゃないと今度は足をもぎ取られる気がするんだ。
誰かに手足を奪われた俺なんて見たくないだろう。あぁ、そうなったらもう会えないか。」
「・・・治るまでですよ。」
何を言っても最終的には無理やりついて来てしまうだろうと医者は予感して、言った。
「ありがとう。」
モリアは安心したらしく笑みを浮かべた。
※
そこからは早かった。
医者が先に部屋を整えるからとドアに急ぐとすぐ後ろにモリアがいた。
「荷物の準備は?」
そう言うとひょいと小さめのボストンバックを前に出した。
「夜逃げ用。」
「昼ですがね。」
医者はモリアのことを未だに理解できない存在として見ているようでいつだって会話がぎこちなかった。
時折溜め息が聞こえてくるのをモリアは知りながらそんな医者に興味があった。
「医者とは仲良くできそうだって思ってるから。」
ドアを開けて日射しの強さに目を細目ながら道もわからずに前進するモリアに医者は保護者のような気分で
危うい背中を見つめながらこう言った。
「僕の家は逆ですよ。」
と。
*
医者の家は隣町だった。
補整された道にモリアは感動しながらアパートに着いたときはさらに感動した。
「アパートって、こんな綺麗なところなんだな。」
「貴方のアパートが腐りすぎなんです。いつか崩れますよ。」
「はぁ。」
そんな嫌みも耳から抜けるようで、白く塗られた外装に感嘆の溜め息が漏れる。
「中は隣人の部屋のほうが、綺麗ですよ。」
医者は未だに隣人の部屋を勧めるがそのたびにモリアの表情は険しくなった。
「医者は知ってた?」
「何がですか?」
「俺、医者の困った顔が好きなんだ。」
「悪趣味じゃないですか。」
「そうそう、そうやって眉間に皺寄せて睨まれると苛めたくなる。」
「追い出しますよ。」
「入ってもいないのに酷いな。」
モリアは楽しそうに笑う。「モリアは僕をバカにして楽しいでしょうが、僕は不愉快になるだけということをよく覚えていてもらいたい。」
「はいはい。あ、ねぇ医者。医者の名前って知らないんだけど。」
「・・・名前?」
少し驚いたように聞き返した。
「医者って何て名前?」
「ならエドでいいです。」「エドワードか?」
「えぇ。」
「シャウクロスをつければ町の名だな。何年前かに消えた変な町。」
「僕はそこ出身です。」
皮肉を込めて医者は言うがモリアは笑った。
「だと思った。興味があって調べたことがあったから。エドワードか、なら意味ないな。」
勝手に納得してモリアは医者よりも先にアパートに前進して振り返る。
「医者、やっぱり名前いいや。医者って呼ぶ。」
「どちらでも。あの・・・」医者の言葉は届かずにモリアはまたアパートに首を向けた。
「アパート、綺麗だなぁ。」
モリアは前進するたびに感動を見せる。
「顔色があまり良くないようですが、大丈夫ですか?」
少しだけ声を張って呼び掛けるとモリアは振り返る。
「なら早く入ろう。」
急かすようにモリアは中に入りたがった。
医者の部屋は思った以上に整頓された空間だった。 「居間は診察に使っていますから貴方は客間をご利用ください。
・・・やっぱり具合が良くないようですが。」
「客人はよく来る?」
「いえ。実際そこは短期入院の場合だけです。ここには医療器具なんてないですし、都市までの繋ぎ場なんですよ。」
「へぇ。」
「早く寝た方がいいですよ。熱が少しあるんじゃないですか?」
そういって額に手を当てる。
「・・・ありますね。寝ていてください。」
そう言ってすぐに手を離した。
「医者の手、冷たくて気持ちぃ。」
モリアはそういって空いた片方の手を強引に頬へと引き寄せた。
「なっ・・・!」
医者は顔を紅潮させて驚いていた。そして強引に手を引き抜いた。
「医者のほうが、熱あるみたいだ。」
からかうような笑みを浮かべた後、モリアは静かに客間に向かった。
「ふざけないでさっさと言ってください。」
静かに火照る顔を隠しながら医者は言った。