電話で指を折ったといえば医者はすぐにとんできた。
よっぽど心配したのか小言は全て後回し。
小さく痛いと呻く俺に我慢しろと冷たく言うのに、すぐに具合を診てくれた。
包帯まで丁寧に、固定された指一本はやけに目立った。
一通り、手当てがすんで医者も落ち着いたのかやっと小言に入る。
「モリアは僕に会いたくて怪我してるんですか。」
小言は半ば呆れが含まれていた。
「・・・治る?」
「折れてますよ。」
「治して。」
「金。」
「ない。」
「はぁ。」
「あ、でも、今日の新聞みたら、宝くじ当たってた、これやる。」
ひょいと紙切れを渡せばどうせ最低額だろうと医者はため息が漏らす。
だからこう付け加えた。
「二等。」
数字に丸をつけて目立たせた新聞と、紙切れの数字を指差して符合を確認させた。
「な!?」
「やるよ。それで今までのつけとお礼は賄えるだろ。」
俺が笑うと、医者の顔は引きつった。
「い、頂けませんよ。」
「なんで。」
「それだけあれば、こんな場所から出ていけるじゃないですか。」
「やだよ、だって俺、医者しか頼れる奴いないし。医者しかいないんだよ、こうやって喋る奴。」
「その台詞、僕に言われても困りますね。」
「そっ。」
医者は、俺と目を合わせることなく言った。
医者とはここにきたときに会ったのでそう昔からの付き合いではない。
お互いのことをよく知っているわけではないし、今でも
何となく医者の態度は俺を苦手そうに避けているのを感じていた。
今だって、俺が距離を縮めようと喋ればすぐに引き離すのだ。
だから楽なのかも知れない。
一方的だから、向き合っていないこの関係は。
この街に限らず、今後も友人は医者しかいないだろう。
大切にしたいが、ずっと甘えてばかり。
「指、どうして折ったんですか。」
沈黙が続くことに、医者のほうが耐えられなかったのか珍しく
俺のほうに向き直って口を開いた。
「変態に指折られた。」
「・・・あの?」
「俺が夜道で襲われかけて逃げたっていったら・・・キレた。」
本当はたくさん説明をしたかったが流石に散々泣き喚いたことしか
記憶されていないらしく指に痛みがジンと響いてそれ以上言えなくなった。
「怖かったって・・・、弱弱しく言ってりゃ指折られなかったのかな。」
「怖かったんですか?」
「そりゃ、相手は死体と交尾を望む野郎だったしな。死んだ後に身体を
弄ばれるなんてぞっとしたよ。赤い髪で、派手な奴だったなあ、見た目からして
変態って感じで・・・」
「・・・その人、多分死にましたよ。」
俺の言葉を遮るようにして医者は、少し戸惑いながら言った。
「・・・・・・え?」
「行く途中で、見ましたから。」
寒気がした。
嘘だと思いたい。医者が似た人間の死体を見たのだと思いたい。
「警察きた?」
「後数時間は放置でしょう。しばらくしたら腹を空かした生き物たちが
こぞってあの男を食べに来るでしょうね。」
ここは、そういう町だ。
誰が死んだって無関心。医者ですら、死人には冷たい。
「まだ、息がしていたかもしれませんね。」
「え、た・・・助けなかったのか?」
「えぇ、だって・・・貴方のほうが大事でしょう?」
にこりと医者は笑った。
機嫌がいいのだろうか、はじめてみる笑顔に少し驚いた。
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