この街にいればあんな男に会うのは日常茶飯事だ。
やつらのほとんどは金をせびるか暇潰しの暴力。
ふざけた野郎はやりたい放題。
まぁ、前回も夜にあのイカれたサハラに会ったわけだがから本当に気が気じゃない。
この街に住むなら、覚悟が必要。
俺もそのためだけに武術をならったこともあったと懐かしい過去が脳内を駆けていった。
アパートにつけば、壊れかけた手すりに手を添えながら部屋に戻る。
少し震えていた。
あぁ、怖かったんだなとやっと感情に気づいてあげられた。
長く感じたがあまり時間は過ぎていなかった。時計をみれば午前3時。
俺はドアを開けた。
誰もいないだろうと思った。でも、いたらどうしようとも考えた。
玄関からすぐみえるソファーにはあの男がいた。サハラと名乗る吸血鬼。
「モリアさん。」
ホッとしたような表情がこちらを向いた。
「何でいるんだよ。」
俺は一気にソファーに向かった。
「会いたかったから、・・・ねぇ、モリアさんはどこにいっていたの。」
「散歩だよ。」
「こんな時間に。」
干渉するような台詞に俺はうんざりした。
だからついつい怒鳴ってしまう。サハラには響かないことを知っている。
「それはお前に会いたくなかったからだよ!なんで、いるんだよ・・・。」
「モリアさん、俺はすごい心配したんだ。」
静かな声、ピリピリとした空気はまるで俺を攻めるようだった。
「・・・意味がわからない。心配される理由も、何もかも。」
「好きだから、が最大の理由だよ。ねぇ誰にも何もされてない?」
だらんとさがる俺の両手が冷たいサハラの手と重なった。
心配しているのか、いつもとどこか様子が違った。
何もないと言えばよかったが、お前がいるから家にも帰れず
変態に出くわしたと思ったら怒りがこみ上げてきた。
「この街にいたら絡まれるに決まってるだろ。」
本当は、ドアを開けたときあの姿をみて安心した自分に気付いていた。
ただ、認めたくなかった。
そんな感情、恥ずかしくてしょうがない。
「!」
あの言葉に驚いたのか、サハラは目を丸くしていた。
そんなサハラを見るのは初めてで何となく優越感を感じた。
「まぁ変な男に襲われたんだけど、逃げたよ。
イカついくせに結構おしゃべりで・・・俺も久々に走ったのにすごい早く走れ・・・」
刹那。
ぐいっと、体が引っ張られてソファーに縫い付けられた。
視界がぐるりと変わる。
デジャヴ、ただ視界に入ったのは知らない変態ではなく、見慣れた変態だ。
「何す・・・」
「こんな痩せた身体で、何得意になってんですか?」
言い方は静かだったが、サハラは怒っていた。目は冷たく俺を睨んでいる。
さっきの方が顔も厳ついし狂っていたのに、俺はサハラのほうが怖かった。
でも、サハラの言葉の一つ一つに俺はイラついた。
「っ・・・俺はお前が考えているよりも非力じゃないっ。
お前を待ってるみたいなあの感じが、嫌だった。
だから夜遅くまであんな不審者だらけのとこにいたんだろ!」
勝手な責任転嫁だとわかりながらも口が滑った。
俺には何故サハラがこんなに怒っているのかわからなかった。
本当は、巧く逃げられたことに対してなんとなく笑ってくれる気がしていた。
いつもみたいに顔を明るくして。
それなのに、サハラは怖い顔のまま押さえつけられた両手首が痛みを増した。
「っ・・・痛っ・・・。」
サハラは無表情で痛がる俺の顔を見ていた。
「あぁ、折れちゃいますね。強いなら、さっき逃げたような手段で逃げてみなよ。」
背格好なんて、さっきの男のほうが大きく見えたのに、力はさっきの男より強かった。
「・・・無理っ・・・だって・・・。」
「だって?」
お前は吸血鬼だから、そう続けようとしたが言えなかった。
ついこの前まで否定して、今だって否定している。
そんな言い訳みたいな形で認めたくはなかった。
俺は弱くない。
普通の人間相手なら倒すこともできる。さっきだってまぐれなんかじゃない。
力を込めてどかそうとするが、サハラはびくともしなかった。
「モリアさん、モリアさんはさっきどんな人に襲われたの?」
俺は無意識に首を振れば耳元で
「言いなよ。俺が殺してあげるからさ。」と
ぞくりとするほど淡々とした口調で言われた。
「痛っ・・・ぃっサハラ、やめろよ・・・。」
「庇うの?何、まさか誘ってたの?意外とモリアさんって積極的だったんだ。」
蔑むような視線、何だか無性に悲しくなってきた。
やっぱりこいつは化け物で何一つ言葉が通じないんじゃないかとかそんなことを思っていた。
「全然、抵抗する気無さそうですね。あぁ、死ぬかもとか思わなきゃ本気だせない?
手の指一本ずつ折っていけば、力がでるかな。」
くすくすと笑う。なぜ、こんなに怖いと思うんだろう。でも逃げられなかった。
サハラはいつものように指を絡めてくる。戦慄が走った。
いつでも力を込められれば折られることぐらいわかっていた。
「やめてくれ・・・。」
声が震えっぱなしで恥ずかしいとかいっていられなかった。
「謝るから・・・」
か細い声しか出ない、そんな声は聞こえなかったと言わんばかりに、簡単に指が折られた。
痛みから、醜い叫び声が部屋に響いた。
まるで拷問だ。
「モリアさん、考えたことない?逃げられなかったらどうなっていたかとか。」
「っ・・・そ・・・れは・・・」
「他にどんな変態にあった?」
指を人質にとって答えを性急さを求めた。
俺はお前以上の変態には会ったことはない。
そう言いたかったが、恐怖に支配されて何も言えなかった。
「言って?」
指先と指先が触れあったかと思えば力が入る。
「金を・・・カツアゲされた程度だ・・・。」
本当は痴漢まがいの奴もいたがそんなこと言えるわけない。
「・・・嘘だったら、俺はもう怒りを制御できないよ。」
何の権限があってこいつは俺にこんなことをするんだろうか。
わからない。ただ、痛いとか、また医者に怒られるとか色んなことが頭を走った。
「じゃぁ、襲った男のこと教えてよ。」
指先が少し反った。
「髪・・・赤かった・・・のとピアスしてて・・・」
記憶から必死に顔を思い出そうとした。
「あと・・・えっと・・・・・・」
しかし、何を思ったのかサハラは口をおえつけられた。
「いいよ、もう二度と思い出さないでね。
何か、必死に思いだそうとしているモリアさんを見てるの堪えられない。」
少し笑った。
いつものサハラに戻ったのだろうか。
「危ない目にあって、どうしてそんなにヘラヘラしてるんだろうって
思ったらすごく腹が立ったんだ。ごめんね、指。」
なんでそんな勝手な言い分で指を折られかけなきゃならないんだろう。
ただ今はやっと正気になったサハラに安堵した。すると勝手に涙が流れた。
さっきも生理的な涙で目を腫らしていたが今度はなんだろう。
「っ・・・」
「泣かせるつもりは・・・」
「帰・・・れよ・・・。」
涙を拭いたくとも手は開放されていないからサハラと極力顔を合わせないようにする。
口にはまだサハラの手が乗っていた。
「手当て・・・。」
「やめろ、帰れ・・・。」
そういうと手越しに音を立ててキスをした。
そして伝う涙を犬のように舐めた。
「また来るから、手当てしてね。」
なんで、そんな顔をするんだろう。
肉体的にも精神的にも追い詰められているのは俺だと言うのに、
サハラのほうが辛そうな顔をしていた。
まだ痛みが続く。
身体が離れて、サハラが居なくなったのに痛みを感じれば感じるほど
あの時の顔が脳裏に焼き付いて離れなかった。