モリアはそこに人の仕業とは思えない早さと不思議な力を感じた。
しかし、そんなことは考えたくなかった。
モリアは目の前で変わり果てた隣人を見て警察に助けを求めようと
電話に手が届いた瞬間、呆気なく男に手の自由を奪われた。
目の前の恐怖に、モリアは震えた。
そんなモリアを安心させるように男は優しく抱き締めて
「好きな奴は殺さない。血も飲まないよ。」といった。
男はモリアにひどく好意を寄せていた。その言葉がさらにモリアの不安を煽った。
それから毎日、毎日、毎日、訪れてはモリアの近くにいる。
血は一切求めなかったが、変わりに男は体温を求めた。
とはいえあの時以外、抱き締めることもなくなり飽きるまで
モリアの手に指をからませキスをするぐらいだ。
「まるで死人の手だな。お前の手は冷たい。」
「吸血鬼の心は誰よりも暖かい、だから人を殺すんだ。知ってる?
俺の知り合いにウェクスフォードっていう奴がいるんだけど吸血鬼なのに
暖かいんだ。種類の違う吸血鬼は楽しむために人を殺す。
三種類はあるんだよ、吸血鬼ってさ。」
「人殺しに理由はない。」
「人間はね。」
「くだらない。人間だろう?」
「くだらなくないよ。吸血鬼だから。」
「はぁ・・・執着する理由がわからない。悪いがお前が人間でも
吸血鬼でも男は御免だ。ゲイの吸血鬼なんて聞いたことがない。」
「別に俺だって男が好きな訳じゃないよ。モリアさんがすきなんだ。
わからない人だなぁ、俺はこんなにも好きなのに。」
「気持ち悪い。」
「偏屈な人は好きだよ。いつか俺がそんなモリアさんを変えてあげる。」
「結構だ。・・・もう来るな、二度と、永遠に。」
「来ますよ。俺は毎日だって会いに来ます。」
男は、そんな言葉は聞こえなかったかのようににこりと男は笑いかける。
「はぁ、・・・物好き。何がしたいの、一体?」
散々触られ尽くした手を無理に男から離してその手で服をつかんで顔を近づけた。
「俺も好きだっていったら、キスでもするの?それともそれ以上?」
男は初めて表情を変えた。
顔を赤らめ、あれだけ近かった距離を自分から離した。
「っ・・・だめ、だよ。全く、そんな大胆なことしたら襲っちゃうよ。
そんな僕に顔を近づけないでよ、本当に、吸血鬼なんだから君を吸血鬼にだってできる。」
「勝手すぎだろ・・・。何がしたいんだよ、吸血鬼。」
「そりゃ、ラブラブになりたいですよ。血も欲しいな、
後々・・・抱き締めてキスしたいな、後・・・。」
恥ずかしげもなく男は己の欲望を指を折って述べるが足りなさそうにしていた。
「全ては両想いになってからか?随分と紳士だな。」
嘲笑うようにモリアはいった。
「順序があるんです。物事には!・・・好きなんですよ、それだけ。」
モリアを真っ直ぐ見て男は言った。
「不毛だよ。」
「知ってる。」
「今、お前は何を望むんだ?吸血鬼。」
「ご飯食べてください。俺、作ってあげますから。」
「お節介。別に全く食べてない訳じゃない。」
「アーモンドだけじゃないですか。」
吸血鬼は、テーブルに置かれたアーモンドの小瓶に目を遣る。
「いいだろ別に。好きなんだよ。」
「・・・嫉妬しちゃいますよ?」
「・・・食い物にするなよ。」
モリアは苦笑いを浮かべた。
そんな問答を続けると夜明けが近づいた。
吸血鬼はそれを敏感に感じとると酷く寂しそうな表情を浮かべた。
「残念。バイバイ、モリアさん。」
「もう来るな。」
「来ますよ。モリアさんが生きている限り。」
にこやかな笑みを浮かべながら吸血鬼は立ち去った。
そのやり取りに疲れはてたのか、モリアもまたすぐにソファーの上で眠りについた。
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