身体の調子が優れないのはいつからだっただろうか。
空腹だが食べ物が喉を通らない。
喉が渇いて仕方が無い。
むしろ喉が痛いような気がする。
熱はあるような、ないような。
倦怠感からソファから離れることが出来ない。
夢の中ではまだあいつが笑っている。それはそれは不愉快極まりない。
そんなことを、招いた医者に言うと医者は一通りの検診を終えてこう言った。
「風邪ですね。」
「治らないんだけど。」
「今はそんな風邪が流行ってるし。」
「治せよ。」
「薬が欲しいなら金を払ってください。」
「・・・ケチ。」
「タダで診察してるだけありがたいと思ってください。」
「金、金、金、世の中金かよ。」
「働きなさい。」
「働いてるさ。昔の俺が、稼いでくれる。」
「じゃあ何で無いんですか。アパート代で全部消えるんですか?」
「人にやってる・・・それだけだ。」
「呆れた。血を分けた兄弟なんていましたっけ?」
「あんたには言わない。どうせバカにする。」
「今だって十分呆れてますがね。ほら、これでも食べて元気になってくださいね。」
そういって渡されたのは砂糖菓子だった。
「・・・甘い。」
「疲れてるんですよ、きっと。何に使っているかは知りませんが
自分のためにも残さないといざってときにこうなるって思い知りなさい。」
ぴしゃりと医者に諌められ、はぁとため息が出た。
昼は特に気分が悪かった。
だからといって、夜にはあいつが来る。逃げたくとももう外に出ることすら
だるくて難しい。
「手は、平気ですか?」
「え?あぁ、何で?」
「商売道具でしょう。この手があれば、稼げるんじゃないですか?」
「どうだか。」
昔は小説家だった。
今でも、といいたいがもう書いていないから無職に近い。
いや、それでも最近やっと書く気が起きて酒場で飲みながら
仕事をしようと意欲的に話を練っていたらあいつに出くわして
それで、いろいろあって・・・気分が悪くなって・・・って最悪だ。
「新作、僕は期待しているんですがね。その吸血鬼も、貴方のファンなんじゃないですか?」
「知るかよ、そんなこと聞いたことない。」
「でも、ラッキーだったじゃないですか。」
「なんで?」
「隣人を殺してくれたなんて、モリアにとっては都合がよかったことでしょう。」
「殺しただけなら、な。付きまとわれているんだ。
俺のこと、本当にどこまで知ってるんだろう・・・何も知らなきゃいいけど。」
あの隣人が死んだのは確かに好都合だった。
しかし、死んでくれたらあり難い程度の人間がいとも簡単に死んでしまうと
逆に不気味で仕方が無い。
「全てを知って、近づいているとしたら警戒したほうがいいですが
話を聞く限りじゃ、大丈夫だと思います。何も知りませんよ。」
「だといいが。」
俺は、医者にだけは何でも喋っていた。
医者は、俺のことが苦手みたいでいつも視線を逸らして緊張気味に喋るのがわかる。
壁がたくさんあるように感じて、それを取っ払うにはどうしたいいかがわからない。
「話を戻しますが・・・本当に、身体は大事にしてくださいよ。また何か
あったら本気で怒りますよ。前みたいなことだって僕はまだ許してないんですからね。」
「手を切り刻んだだけじゃんか。命に別状が無い程度、書きたくない
アピールになんでお前が目くじらをたてるのかわかんないな。」
医者は、あまり感情を表に出さないタイプだから、思い切り心配させたくて一度だけ
手を切り刻んだ。血だらけの自分に満足して、これは骨かなと思いながら襲われる激痛。
何となく、医者はどんな表情をするのかなとか、心配してくれるかなと思ったら
予想以上に激昂されてそれ以来さらに不機嫌な顔を俺に見せるようになったのだ。
人と仲良くなるって、難しいなと思うがそれでも医者は俺が呼べばイヤイヤな顔
をしつつも心配そうにあちこち見てくれるから何となくその感じが気に入っていた。
俺がそんなことを考えていると、ガラス瓶が机に置かれた。
「おい、これは?」
「薬。早く治しなさい。」
そういって背を向けてアパートから出て行った。
医者は優しい。机の上に置かれた薬にはきっと飲み方まで丁寧な
メモ書きが入っているのがわかった。
「お節介。」
その優しさにいつも付け込んで本当に損をさせている。
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