カウントダウンが始まる。

つけっぱなしのテレビは既に砂嵐。
部屋に響く雑音は、ソファーで眠るモリア・シャロンにはお構いなしだ。
色白い不健康な肌、ろくに栄養をとらない生活のせいでひどく痩せてしまって、
おかげで最近では体力もなくなり1日ソファで眠る生活を続けていた。
こんな生活をモリアが望んでしているわけではない。

時計の音が雑音から抜けて聞こえてくる。

カチカチカチカチカチ

最後に秒針が12に戻ってまた一周を始める。無邪気な鳩が二度鳴き声をあげた。
すると見計らったように扉が開いた。

「こんばんは!待ってました?俺のこと。」
騒がしく、ドアが開いたと思えば一瞬にしてモリアが眠るソファに飛び付いた。
その男は黒いロングコートに白いマフラー。
髪が黒く目は緑色。端正な顔立ちで笑顔を作りながらモリアの顔を覗き込む。
モリアはさぞ嫌そうな顔を男に向けた。
「誰が待つかよ。」
「あー、だめだめ。もっと愛想よくさぁ。」
「お前以外には愛想のいい人間だったよ。」
「でも意識してくれてるみたいだね。」
モリアの腕に指を這わせた。モリアは温もりのない冷たい手にびくりと反応する。
その手は順々にそれが指までくると勝手に指を絡ませて楽しそうに最後は腕にキスを落とした。
モリアの手は逃げようと、ゆっくりと動くがすぐにより強く手を掴まれた。

「また痩せた。そんなことしなくても、俺は好きな奴の血は飲まないよ。」

また手の甲にキスをする。モリアは心底嫌悪感に満ちた表情をしていたが、
抵抗はしなかった。力のはいらない声で、モリアは男に言う。

「食べるも食べないも俺の勝手だ。」
「動けないのに?」
「それも勝手。」
「酷い人だ。」
「どっちがだよ。」
「俺が何をしたんだい。人間をこんなにも大切に扱うやつなんて、
いやモリアさん限定で丁重に扱ってるのに!何が不満なのか言ってもらいたいね。」
「はぁ?ここにきて、いつもつきまとっては・・・っ・・・。」
そこまできてモリアは声を詰まらせた。
男は絡ませた手でまだ遊びながら沈黙を楽しんだ。
しかし続く沈黙に男は飽きたようで「俺は君に言うね、好きだって。
毎日だって、言えるのに君は嫌な顔しかしない。」
「俺は、嘘つきは嫌いだ。」
「つかなかったでしょう。俺は証明したよ。吸血鬼だって、さ。」
そういうとモリアは思い出したように不安そうに顔をみた。
「ははっ、だからモリアさんの血は飲まないよ。」
「信じない。お前のことは吸血鬼じゃなくて殺人鬼にしか見えない。」
モリアは先日も似たような会話をしたことをよく覚えていた。

この男とは夜に酒場で出会った。
何となく、浮世離れした風貌は他を引き付けていた。
そんな影で酒を飲みながら仕事をしていたモリアにその男は近づいて
開口一番に吸血鬼だと告白した。当たり前だがモリアはそれを信じなかった。
頭のおかしな人間が酔って絡んでいるのかとも思った。
モリアは無視して酒場から立ち去るが、モリアの傍から吸血鬼と名乗る男は
つきまとい続けた。
存在が見えないように無視していたにも関わらず吸血鬼は最後までついてきて
最終的にはこのアパートまでやってきたのだ。来るなと言っても、
図々しく部屋にまで上がり込んで延々とモリアに熱烈な言葉を並べればモリアもさすがに
我慢も限界に達してきた。しかしあまりにも執拗で異常な目の前の男に気味の悪さを感じ
怒鳴るわけでもなくただ冷たく「信じない。」の一点張りをモリアは続けた。
出ていけと繰り返しても通用しなかった。だからモリアは最終手段と言わんばかりに
「なら、俺の血を吸ってみろ。」
と挑発すれば男はやっと正気に戻ったように少したじろいだ。
しかしほっとしたモリアをよそに隣人が部屋に入ってきたのだ。
嫌な予感がした。


吸血鬼はたまたま訪ねてきた隣人をいとも簡単に、血を吸い、殺した。