暗闇の中で、あの男は何を考えたのだろうかと思うと俺の想像力じゃ一切わからない。
しかし、彼は常にどん底に居た。そいつが不幸だと自分で思っているだけなら
まだいいが俺が見る限り、そいつは俺が見た中で一番ドン底な男だった。
男の容姿は特有だった。それは容姿全体を指す言葉ではない。
片方の目は生まれつきなのか濁っていて特徴的だった。
それに嫌悪していたのかうっそうとした前髪が片目を隠していた。
実のところ、情報が少なくあまりこの男のことを知っているとは言い切れない。
色々探し回ったが、あるものといったら彼の部屋にあった、手紙の束に書かれていたことぐらい。
自身の生い立ちや何かを残していたからそこから抜粋しながら紹介したいと思う。
男の名前は実のところ明確ではない。ただ彼は自身のことをレオルと名乗っていた。
そう名乗ってはいたが、正確な戸籍がなかったため便宜上彼はウォーリスという小さな町の
出身者だったためウォーリスと呼ばれていた。
混乱させないため、一応俺もウォーリスと呼んでおく。
ウォーリスは望まれない子供だった。
母は売春婦で、子供と一緒に娼婦として生きることを望んだ。
これだけ自由になりつつ現代で、この女はローマ帝国から生き続けたババアなのかと思うと哀れでならない。
父親はどこの誰かまるでわからない。変態という事実に変わりはない。
変態と売女の間に生まれたのは片目の不自由な男だった。
生まれたのが男だと知って母親は発狂した。女だと信じて疑わなかった彼女は、すぐさま殺そうとした。
そこで死んでしまえば、どんなによかっただろうか。
警察がちょうど売春宿に乗り込んできた。点数稼ぎの仕業だ。
違法だったのだろう、女たちは逮捕されベッドで気持ちよくなろうとした男共は
血相変えて窓から飛び降りたとかなんとか。
まあ、そんなわけで、ここまでくればなんとなくでも警察がウォーリスを
保護するのだろうと思うだろうが当時の警察は面倒なことが大嫌い。
ともすれ売春婦の子供なんざどうだっていいわけだ。
ウォーリスは置き去りをくらった。
生まれてすぐに孤独を味わっただろうがそれは最期まで続くのだから運命としかいいようがない。
しかし、息はまだあった。
そこに現れたのは聖女か魔女か、置き去りにされたウォーリスを抱えてうまく隠れていた売春婦の1人が
ウォーリスを拾い上げた。
彼女の名前はエンジェル。ただし、中身は低脳で性格破綻な少女だった。
ままごとでもするような年頃の娼婦なんて本当に時代とは恐ろしい。
彼女はさながらままごとのような手つきでウォーリスを持ち上げた。
「あんたは一生はあたしのものなんだからね。」と可愛い声で化け物と連呼して遊んでいた。
ウォーリスを拾ったのは単純に興味とストレス発散のためだった。
「あんたは一生私の奴隷なんだからね。どこにはいけやしないんだ。」
それはエンジェルの口癖だった。
彼女はウォーリスを育てる代償を求め続けた。
物心つくまでは、意外と名前の通りエンジェルらしい振る舞いだったようだ。
ただ、エンジェルは次第に言うことの聞かなくなるウォーリスを暴力で押さえつけた。
不自由な片目を罵り、不気味な化け物の腹から生まれた化け物だと何度も言って聞かせた。
それはウォーリス自身、心に刻み忘れてはならない最優先事項となった。
エンジェルは若く美しかった。それ故に売春婦でありながら言い寄る男は貴族にまで及んだ。
大層な申し出だってあったのにもかかわらず全て断った。
エンジェルはそれがいつまでも続くものだと信じて疑わなかったようだ。
エンジェルは男たちをためすように言う。
「アタシがそんなに好きなら、あそこにいる醜い化け物を犯してみなよ。」と。
その頃になると、ウォーリスは犬と同じ首輪をはめられ汚らしい服を着て身の回りの世話をするようになっていた。
召使なんて言葉が似合う。5、6の子供が天使に仕えるなんて聞こえはいいが残酷なことだ。
あの言葉を真に受けない男がほとんどだが、たまに興味本位でウォーリスを犯す奴もいた。
その姿をエンジェルは大笑いしながら見ていた。
ウォーリスはそんな生活が嫌でたまらなかった。
それでも、どうしていいのかわからなかった。
ウォーリスは学校にも行っていた。
やはり瞳のことでからかわれ、イジメを受けあまり積極的に授業を
きくことはなかったが。
しかしウォーリスはそこで運命的な出会いをした。
それは自分の隣の席にした美しい少年だった。
栗毛色の髪色に、長い睫、大きな青い瞳にウォーリスの心は動いたがそれはおかしなことだと実感して
抑えつけていた。
少年は、ウォーリスをいじめることはなかった。
それどころか一緒に遊ぼうとまでいってくれるのだ。
ウォーリスは断ったが、少年ことが気になった。
ウォーリスは学校が終わるまで、ずっと木陰に隠れていることもあった。少年はそれをみつけて
おかしそうにわらった。
「それじゃ見つけて欲しいみたいだよ。」というのだ。
少年は、ウォーリスにとって魅力的な存在だった。しかし、ウォーリスは自分のみじめさが際立って
内心その少年を嫌悪していた。
それでも、少年とウォーリスは揃って一緒に帰ることがあった。
普通だった、何もかも。
ただエンジェルの性格は明らかに常軌を逸するところがあった。その少年をみると盛大に罵って
「そいつはあたしの奴隷だよ!おかしいこともあったもんだ!おい化け物、そいつはあんたのこと
影で笑ってるよ。絶対にな。自惚れるなよ。」
大声ではしたなく笑ってその後も少年を罵る言葉ばかりを使った。
少年は顔を赤くして、帰っていった。
ウォーリスはこれ以上ないほどの屈辱をエンジェルから味わっただろう。
少年と、ウォーリスは二度と顔を合わせなかった。それもそうだろう。
年数が経てば、ウォーリスも顔つきが大人びてくる。
そうなると今度はエンジェルが好ましく思っていない奴をここに連れて目の前で犯せと命令した。
ウォーリスに拒否権はなかった。
でも、どうしてもやりたくなかったのか幼いとき以来の反抗を見せるとエンジェルは激高した。
すぐさまウォーリスを拘束して飽きるまで暴力を振るった。
「あんたなんていつだって殺せるんだから!」と叫びながら暴力は夜があけるまで続いた。
その頃にはウォーリスは体中が血だらけでかすかに謝罪の言葉だけが空気を振動させた。
しかしそこで転機が起こる。
ウォーリスが20になったときにエンジェルが風邪をこじらせて死んだのだ。
いや、正確にはわからない。もしかしたらウォーリスが殺したのかもしれない。
ウォーリスはこのときのことだけ、やけに長く鮮明な死を紙面に綴っていた。
「あの時、エンジェルは死んだ。あっけなく、血を吐いていた。苦しんで俺の名前を呼んでいた。
名前、ではない。「化け物」か。俺は笑っていた気がする。最後に笑顔を見せたかったのか、
ただただその状況が面白かったのか、よく覚えていない。初めて知った。いつも自分が苦しむ側
だったけれども、苦しむ人間がこんなにも俺に興奮を与えてくれるのかということを。」…
手紙はまだ続く、話は飛んで仲間内での葬式となる。
「あの女にも友達がいた。そんなのはどうでもいい。ただ、エンジェルはまだ美しかった。
あれだけ下品な言葉を吐く女でも、やはり美しいものは美しいのだなと思う。あわよくばその女が
本当の聖女であればよかったと思うばかり。死んだその顔はまさに聖女。俺はこんなにも鼓動が高鳴る日はなかった。」
だそうだ。
そしてウォーリスのおかしな性癖はここからはじまるのだ。
エンジェルからの鎖が外れたかと思えば、今度は国が彼に鎖をくれてやるなんて、どこまで哀れな男なんだ。
ウォーリスはここから完全な孤独だった。
誰もが彼を気味悪がり、近づこうともしなかった。
ウォーリスは愚かではなかった。しかし、賢さをだす場面なんてなかった。
その頃、おかしいといわれ続けた瞳に蓋を閉じるように眼帯をつけ、片目を前髪で覆った。
不自然さはあったが、以前よりはマシになった。
彼は孤独を嫌った。鎖に縛られてでもいいから、誰かと傍にいたかった。
しかしそんなことは叶わなかった。
孤独に苛まれながら、ウォーリスは工場での単純作業という仕事を得た。
ウォーリスの経歴ではそれぐらいしか仕事がなかったといえる。
単調な仕事を終えれば自由、しかしその自由の使い方もわからず握り締めた金の価値もわからず
その辺の猫にばら撒いたこともあった。
後に「愚かな奴だったんだ。」と笑いながら話すウォーリスがいた。
ウォーリスは孤独だった。工場でも友達が出来ず、いつも1人だった。
影でウォーリスの目について笑う奴がいると手当たりしだい暴力を振るった。
工場では粗暴者と呼ばれたが、幸いなことにクビにはならなかった。
やることもなく、時折目の前にいる動物をみては首を引っこ抜いて殺すことに熱中していた程度。
異常さに誰も気付くことなくまた数年がすぎた。
この頃になると、エンジェルが恋しくなった。自分を奴隷としか思っていなかった女、しかし
死に顔をみたときの、感じたことのない高揚にウォーリスは何度も夢想にふけった。
それから、手に入ればひたすら残酷な描写ばかりの本や雑誌を買いあさり読むふけった。
そして、かつて友人になりかけて消えた淡い少年時代の思い出。
あの少年は、エンジェルさえいなければ友達になってくれたのだろうかと思いながら
子供にでも戻ったかのように、ウォーリスは少年たちを家に招きいれた。
最初は、話がしたいだけだった。しかし、ウォーリスの身なりをみて、無理やり連れてこられたという恐怖から
泣き叫ぶばかりの少年にウォーリスはうろたえて、自分が昔されたように拘束し暴力を振るった。
痛いとさらに泣け叫べば泣き叫ぶほどウォーリスは興奮し、笑いながらその行為はエスカレートして言った。
少年が死んだことに気付いたのはその1時間後。
ぐったりとした血だらけの遺体をウォーリスは抱きかかえてその顔を眺めた。
愛おしい、あの時感じた高鳴りだった。
ウォーリスはその子供の首を包丁で切断した。
にこりと笑いながら、身体だけになった、ただの少年の身体を何度も犯して満足した。
身体は墓場までもっていき土に埋めていたが、首は丁寧に保管した。
その興奮から冷めぬまま、ウォーリスは何度も同じことを繰り返した。
ウォーリスは大抵、自分と同じような境遇の少年ばかりを狙った。
仕事は相変わらず単調だったが、殺人はどんどん高度な拷問を覚えエスカレートしていった。
しかし、ウォーリスの気分は満たされなくなってきた。
ウォーリスは異常者である自分にやけに冷静になるときがあった。
夜な夜な、エンジェルの罵る声が聞こえるとうなされたびに正気になったように自分自身を騙して
生首だらけの部屋をひどく恐れ涙するということもあった。
どのような意味合いの涙か気になるが、ウォーリスの心は不安定だった。
それでも殺しをやめることはなかった。
13人目を殺し、次の獲物を見つけたと、家に招きいれたらただの家出少年を引き当てた。
それがいけなかったのだ。
そんなわけで、家族の執念が勝ってウォーリスは無事に逮捕された。
異臭のするウォーリスの部屋。紳士的な笑顔で、警察を迎えるウォーリス。
「お久しぶりです、俺を捨てた刑事さん。」
それが、ウォーリスの最後の笑顔だった。