手錠を掛けられたときまでは、まだウォーリスは陽気な振る舞いだった。

「久々だから興奮するね。」なんて冗談も言った。

 

部屋の状況は悲惨だった。なんてったって、死体の腐臭が酷い上に

首があちこちに散乱しているのだからほとんど狂人の宿だ。

ひたひたと湿った熱がこもり屈強な刑事たちもまた吐き気を感じていた。

 

ベテラン刑事の1人が、ウォーリスの部屋を見て嘔吐感を催した姿を見ると

「その少年たちは綺麗だった。あんたらの容姿のほうがよっぽど俺は吐き気がするね。」

と言い返す場面もあった。

 

逮捕されて気付いたことといえば、ウォーリスは大人しい人物だということだ。

笑顔を振り向くわけでもないが、どこで身につけたのかわからないその紳士的な雰囲気。

理性的ともとれる穏やかな口調に刑事たちは少しだけ困惑した。

彼の口から出される言葉は、あまりにも正常だったのだから。

 

 

裁判はすぐさま行われた。

 

俺と上司の勝手な判断だとウォーリスの死刑は確定だった。

俺の出番だとニヤけた笑みを浮かべながら上司と会話していた。

でも、その審判の日はなかなか訪れなかった。

 

何度死刑判決を受けようともウォーリスの異常性をみた弁護士が精神病院での治療を進めるのだ。

そこまで、とち狂って勧めることかと思いながら俺は聞いていたが、俺以上にウォーリス本人が

どうでもよさそうに欠伸をしていた。

 

傍では「うちの息子を返して!」と叫ぶ親たちがいた。

そんな親たちに向ってウォーリスは「首だけなら返せるんだけど。返したくないな…。」

とぼそぼそとぼやいていた。

永遠にその首をみることもないのに、まだ所有している風だった。

 

珍しく決着しない裁判だった。看守席に並ぶ俺や上司なんかはまあまあそのウォーリスという男を

不思議そうに眺めていた。

 

ウォーリスはひとまず監獄送りになったが、監獄でも奴は孤独だった。

俺は奴に興味を持った。

だから、近づいた。

 

「俺はあんたを処刑する男だ。よろしく。」

別に恨まれたってなんだって、死んでしまうのだから顔ぐらい覚えてもらっていいと

俺は高飛車に奴に近づくと、ウォーリスは不思議そうな顔をしていた。

「はじめまして、レオルです。」

「レオルって、誰がつけたんだ?」

「自分の名前を、自分でつけただけ…かな。アパートではあの子達は皆レオルって呼んでくれた。」

「へぇ。でも誰も呼ばないな、お前の名前。」

「そうだね。俺じゃなくて、町の名前が俺の名前になっちゃったよ。残念で仕方がない。」

そういうと、ウォーリスは肩をすくめた。

「あんたさ、まだやりたいことってある?

「あるよ。」

「なんだよ、言ってみろ。」

「ここから、絶対に抜け出してやる。」

そういったウォーリスの眼はとても強く光っていた。

 

言ったとおりに、ウォーリスは何度も脱走を図った。

すきあらば脱獄をはかろうとして何度も捕まった。

最終的に監獄でも人を1人殺す始末だ。

大人しい顔をして、意外と粗暴者ということはよく理解した。

 

これ以上殺人を増やすなと、殺人ばかり犯している犯罪者房で謎の運動まで起こる。

 

ウォーリスがこのままでは囚人に殺されてしまうことを危惧した役人どもは

ついに処刑を言い出すかと思えば、どういうわけかすぐに処刑ということはしなかった。

 

まあ、時代があまり死刑をよしとしないものだから仕方がない。

 

まず、処刑よりも独房での禁固刑を言い渡された。

独房数日でウォーリスは自殺未遂を図ったが看守に気付かれ拘束されたまま

数週間放置された。

 

完全に独りになったとウォーリスは体感した。

しかし彼は独りだったが、夢想は尽きなかった。

 

落ち着いた頃に、拘束は解かれたが独房から出ることは許されなかった。

 

5年、10年は経ったか、もっと経っていたきもしなくはない。

男はやっと禁固刑がとかれ、いよいよ処刑かと思いきやただの休憩。

他の囚人と仲直りだとかふざけたことをいいだす始末。

 

まあ、それはいいのだけれども、この男、かなりの年月孤独だったのだ。

コミュニケーションが断たれた人間はいきていけないのではないのか?と俺は思わず人間の限界を突破した

男をやはり「化け物」なのかと認識せざるを得なかった。

本来ならばもう発狂してもいいはずだが男は精神状態こそイカれていたが

至ってまともそうな口ぶりで「あぁ、そう。」と暗い表情をしていた。

 

それでも、囚人と馴染むこともなくやはり1人だった。

 

どこか、別の世界に居るのではないかと他の看守たちは思うほどウォーリスは浮世離れしていた。

 

彼を理解する人間は、この世では誰一人としていなかった。

誰も彼を理解しようともしなかったし、彼もまた理解されることを望んでは居なかった。

ただ、孤独は嫌だった。

 

孤独が嫌で始まった殺人も、結局は孤独を呼び込むことなったのだ。皮肉だね。

 

ある学者が彼にこんな質問をした。独房から離れてちょっとした検査をしたときだ。

「亡くなった少年たちのことを思うと心が痛むかい?」と

すると彼はこういった。

「俺を恨む人間がいるって、最高だった。一人殺せば両親2人に恨まれる。

こんな嬉しいことはない。俺が殺した少年たちの両親をみかけたらさ、こう言って欲しいな。

俺を許さないで、鎖にでも繋いで甚振ってよ、なんてね。」

また独房が待ってるかもしれないというのに、割と軽快な口調でウォーリスは言った。

それから暗く影を落として、また虚ろな瞳を学者に見せた。

ウォーリスも、随分と塀の中で老いていた。

濁った眼光は今も健在で、醜さがより顕著にあらわれるようになっていた。

「何故こうなったと思う?」と質問すれば

「化け物だからじゃないかな。」とさも自分が人間ではない素振りを垣間見せた。

 

あきらかな精神異常だったが、ウォーリスは精神的治療を一切受けさせられなかった。

もう治らないと、先天的な片目の濁りをみて思ったのだろう。

 

誰でもいいから、傍に居て欲しいという不器用な感情は結局誰からも相手にされず

処刑の日を迎えることとなる。

俺も、ウォーリスが自殺未遂を行って以来接触を禁止されていたからほとんど喋ってはいなかった。

 

本当に、あれは胸糞悪かった。

なんたって、恐怖も何もない最期をみるっていうのはなんだか俺にとっては気分が悪い。

そのときはただの仕事で、こんなこと考えてはいなかったが一体どんなつもりで

死んでいったのかと思うとやはり暗いままの最期というのが正しかった。

 

拘束され、頭から袋をかぶせられ、首をとられてはいお仕舞い。

ウォーリスのやった手段を簡略化させたような死に方。

 

「久しぶりだな。」

壇上で挨拶をする俺に対してウォーリスは小首を傾げているのがわかった。

 

「最期の言葉は?」なんて俺が小声で言えば

「皆死ぬときって何か言うの?」と返された。

だから「お祈りでも、伝えたいことでもあれば叫べばいい」といってやった。

するとウォーリスは黙った。

そしてふうとため息をついた後

 

 

「もう少し早く、貴方に出会ってみたかった。」と。

 

 

それを合図といわんばかりに俺は処刑を命じられた。

だから、殺した。

あっけなく。いつものように。

 

でも、やっぱり嫌だったな。

だってあいつ暗いんだから。

一度だって楽しいことがありゃしない、そんな人生を処刑で終えるなんて。

俺は少しでも光り輝いてそこからどん底に落ちた人間を殺すのが好きなんだ。

ドン底何ていうけれど、彼の底はまだまだ深そうだ。

底から這い上がることなんてあったのかな、なんて思いながら俺はこの手紙を読んだ。

 

文字を書くのがすきだったようで、アパートで殺人を行ったときも

独房で1人だったときも手紙を書いていた。

誰宛でもない、空虚な手紙。

それを俺が拾い集めて読み上げる。

感情なんてない、ほとんどない、ほのぐらい文章。

最後の一文はこう綴られていた。

 

「きっとどこにいっても同じ。」

 

それは死後のこともいえるだろう。

 

最期の台詞が何度も頭を掠めていく。

 

俺が早くあいつに出会ったところで何1つ変わりはしないと

お互いにわかっていただろうに。


End