132号室に戻れば、牧師は開口一番にこう言った。
「まさかあの町に住んでいた人間に会えるなんて、驚きました。」
「俺も驚いたよ。」
「今の町では名前を教えているんですか?」
「あまり…知らない人間に名乗るのは抵抗があって・・・牧師さんは?」
「でも、牧師さんと同い年なのに学校が違ったのかな・・・顔も知らなかったよ。」
「あぁ、僕は10歳から18歳まで、神学校の寮で生活していましたから。」
「神学校は隔離されていたな・・・。」
「でも僕は先生を知っています。」
それは嫌味っぽい言い方ではなく実に爽やかな物言いだった。
ただし教師はばつが悪そうに萎縮した声をあげる。
「悪い・・・。」
「いいえ、一方的に見ていただけですよ。」
平然と言ってのける告白に教師の顔は思わずひきつった。
「・・・へえ・・・。もしかして町の人間のほとんどを把握してるとかか?」
「会えば思い出すかもしれませんね。どこの家に住む人とか。」
さも当然のような口調で牧師は言った。
「すご・・・」
「記憶力には昔から自信があるんです。」
「神学校に行くくらいだから秀才だろう。」
「ははっ、どうでしょう。」
途切れた会話に雨の音が響く。
モーテルのベッドは隣同士に並べられ、2つのベッドを区切るように
小さな机の上に真ん中のランプが消極的に光っている。
「シャワーでも浴びますか。」
「いや、一度帰るからいいよ。」
「そうですか。そういえば同じ墓地に用事があるんですよね。不思議な出会いですよね、全く。」
「あぁ、でもきっと来るなと言ってるんだろう。同じも、ここで終わりだな。」
教師は諦めたような溜め息をついてネクタイを外しベッドに寝転がる。
「寝ますか?」
仰向けになる教師に牧師は少し残念そうな声をあげて聞く。教師は首を僕のほうに回し
疲れた表情を無理にひきつらせて笑顔を作った。
「いや、・・・こう雨だと不愉快になって眠れないんだ。」
「私も、雨は苦手です。一人でいるときは特に神経質になるんです。」
牧師の声は少し震えているようにも聞こえた。
教師は上体を起こしベッドに座る牧師に身体を向ける。
「顔色・・・悪いけど。」
牧師は、何故か気分が沈んでいた。だが俺のその問いには愛想よく頷いた。
「やっぱり雨のせいですよ。」
「眠れない?」
「・・・ふふっ、どこまで先生と同じなら気がすむんでしょうね、僕は。」
「名前は違うさ。」
「名前・・・僕は貴方になら名前を教えてもいいですよ。」
その言葉に教師は少し驚いたが、勢いよくでてきそうな言葉を飲み込んでやんわりと皮肉をこめた。
「別の町に慣れたみたいだな。」
その言葉に牧師はやけに挑戦的な言葉を並べはじめた。
「どうせ僕たちは眠れないんです。話をすればきっと僕の名前を知りたくなりますよ。」
そういう牧師の表情はとびきりの笑顔で、口調はとても楽しそうだ。
「牧師さん、言い切るのか?」
「えぇ。」
「なら絶対聞かない。」
教師は牧師の言葉に反発するようにそういいきった。
すると牧師は先ほどまでとは違った、緊張の解けた不器用そうに笑って教師を見た。
「ははっ、先生みたいな人好きですよ。」
「そりゃどうも。牧師さんは変わった人だ。」
「褒めてますかそれ?」
「さあ?」
言動や態度に慣れてきたのか徐々に緊張が解れてきていたことを互いに感じていた。
◆
雨はまだ降っている、じめじめとした空気が身体にまとわりついている。
俺は牧師の明るい口調につられ、色んな中身のない会話ばかりを繰り返していた。
眠れないのだから話題なんてなんだってよかった。
一人で居たところで気が滅入っていただろうと思うとこの人と相部屋で本当に良かったと
安堵したほどだ。
それでも、あの話題だけは触れては欲しくなかった。
「マルディーヌには墓参りですか?」
「・・・その話はよそう。」
「だって、目的だったのでしょう。今の先生はものすごく行きたくないように感じます。」
的を得た率直な意見に俺は心が読まれているような不安感に襲われた。
「・・・どうせ聞くんだろ。」
「話せば楽になりますよ。」
牧師は、きっと教会でもこんな感じで信者に話しかけているのだろうと予想がついた。
その言葉は安堵感を与える。
本当は凄く言いたかった。どうせ、何も知らない奴らに知られるぐらいなら・・・でも
この牧師に聞かせるにはあまりにも酷ではないかと不安に感じた。
雨音が響く。黙り続ける俺を見て牧師はどんな解釈をしているんだろうか。
牧師は俺をまっすぐな視線で見つめている。
雨音は止まない。叩きつけるような酷い音だ。
その音が俺にとっては最悪で、早く終わって欲しいとイライラする。
そして俺は結局自分が思う最も良くない考えに飛びついた。
「話せば・・・楽になるか?」
「えぇ。」
「それが、どんなことであっても牧師さんはいいのか?
聞いて・・・後悔したり・・・聞かなきゃよかったとか思ったり・・・。」
不安をあおるような言葉しかでなかった。それでも牧師は笑っていた。
「ふふっ、信じてください。」
「俺は救いと許しが欲しい。こんなこと、赤の他人に言う話じゃ・・・。」
「罪の告白を一番に聞くのは決まって赤の他人ですよ。」
それは暗に警察を指していることがわかった。
何もかも、わかっているような台詞に、俺の口は開いた。
「・・・俺は人を殺した。」
言葉を言うのはひどく簡単だ。
ただその言葉は、思ったほど現実的な台詞には聞こえなかった。
牧師はさっきまでの優しい表情も消え恐れ震えた声で何を言うだろうなどと
いう予想をたてて牧師をみれば少し驚いた表情で「わぁ」と呆けた声が聞こえて
きただけだった。
そして、牧師はいぶかしげな表情で
「本当に?」と尋ねる。
だから「本当に。」と答えるしかなかった。
本当と答えたら警察に行くのだろうか、いやどのみち行くつもりだったのだから
少しは見知った仲にしられたほうがよかった。
そして牧師は俺のほうをみていたかと思うと視界から消えてぎしりとベッドが軋む音がした。
「何。」
牧師は俺の隣に居た。そして、ひどく真剣な目で俺を見る。怒られるんじゃないだろうかと
いう子供の頃の記憶が頭をかすめて俺はみていられず目をそらすと牧師は見計らったように
耳元で囁いた。
「僕も、人を殺しました。」
と。
「・・・な・・・に?」
俺は驚いたのと近すぎる距離に不安になり出来る限り牧師から離れようとぎしりと
逃げようとがこれ以上距離が縮まらずまた元の位置に身体が沈む。
「また、おそろいですね。」
声の調子は今まで以上に明るく、表情は不謹慎極まりない最高の笑顔で牧師の肩が
ぶつかった小さな衝撃にすら俺は不安を感じた。
→.....←