手当たりしだい、そんな言葉が似合う殺人だった。
それゆえに。捕まるのも早かった。
「あっけなかった。人って、あんなに簡単に死ぬんですね。」
そういって、俺に笑うクロ。
クロは夜に出歩いて、ひとりで歩く若者をみつけては心臓めがけて刺した。
「オンは、こんな感じで死んでいた。」
そういって服を脱がして十字に傷をつける。
死体は放置しまたふらふらとさ迷うクロ。
クロは、オンの亡霊にとりつかれているようだった。
死ぬ様をみても、死体をみても、特にクロは何とも思わなかったようだ。
懐かしの光景、とでも思っているのか。懐かしいオンの記憶を噛みしめながら死体に傷をつける。
その夜、次の夜、クロは殺人に耽っていた。
それは週末に映画館に行くようにきっちりと時間が決まっていた。
こんな非日常的な行為ですら、クロは簡単に日常へと変えていった。
しかしその日常は、今の世の中では少しばかり認められないものだから注目されたのだ。
「ねえ、後どれくらい殺せばオンは死ななくていいの?」
数日後、血まみれで酒場に現れたクロにオンは驚愕した。
何がどうして、その経緯は酒に飲まれて失っていたオンにとっては衝撃的な光景だった。
「クロは、とんでもないことをしたな。」
感情が交じり、血でベトベトの手を握る。
「汚いよ。」
「俺は、お前のこと全然わかってなかったみたいだ。」
オンはその血まみれの手を、テーブルに置いた布巾で拭う。
「人を、殺させるつもりなんてなかった。ただの願望で…俺のせいだな。」
オンは明らかに気が動転していた。
わけもわからず、クロの目の前で自分を責め続けていた。
それは、昔にもみた光景だった。
<頭痛がひどくて、ひどくて、オンとオンは違うのにどうしてその時は同じに見えてきた。>
震えた声でクロはいっていた。
オンはまだ動転して責め続けることをやめない。
オンは憤りを感じてはいるが善良な市民になろうとしていたことに違いはなかった。
クロはクロで、そんなオンを見て昔を思い出し苦しんでいた。
<どうして、死んじゃったのにまたここにいるんだろうと思ったから・・・気づけば僕は何人もの血を浴びた
ナイフで刺していたんだ。>
混乱した頭はいつしか行動も不調を起こし気づけば目の前にいる親しかった友人が倒れている始末。
我にかえったクロはその友人を急いで抱き上げる。
何を思ったのか、何も言ってはくれなかった。
酒場の店主が現れて通報、そしてクロは逮捕された。
クロは感情を外には出さないタイプだったしいまいち感情というものをわかっていなかったようだ。
死刑を言い渡されても、小首を傾げていた。
感情に正直になれず、俺にはどういう反応をしたら「普通」なのかを考えているようにも思えた。
「俺はあんたを処刑する人間だけど、何か思うことはあるか?」
そうやって、俺はクロに尋ねるとクロは困ったように笑った。
「どう思うのが正しい?」
と聞き返しながら。
「いろんな人間がいる。あんたが思ったことが正しいよ。」
そう俺が言うとまた首をかしげた。
「…わかんないや、そういうの。喜んでほしいだけなんだぁ…。」
「へぇ、じゃあどうやったら人が喜ぶか知ってるか?」
「知らない。失敗したからここにいるんだよ。人が死んだら悲しむなんて、知らなかった。」
「子供みたいだな、その心臓の鼓動は早くなることがあるのか?」
「死んだみたいに聞こえない。」
「へぇ。なあ、じゃあその心臓がいらなくなったら俺にくれよ。」
「きっと気持ち悪いよ。」
「いいから。」
「いいよ。こんなのいらないもの。」
無気力な男は、たぶん鋭利な刃物があれば今すぐにでも心臓を切り取っておれに渡しただろう。
クロは、罪を後悔するわけでもなくわけがわからないままに処刑台にたっていた。
「何か言い残す言葉は?」
俺が聞くとクロは答えた。
「誰に何を言い残せばいいの?」
と。
結局あとの会話はないままに俺はクロを殺した。
死んだあと、止まった心臓をえぐりだして俺は持ち帰った。
気持ち悪いやつだと?そう思えばいいさ、俺だって孤独なんだから人の一部でいいから
傍らにいてもらいたいんだよ。
たくさんの孤独な人間をみたけれど、あれだけ孤独を意識しない男はいなかった。
憧れるね、なんて不謹慎なことを思いながら俺はその心臓を箱にしまった。